日中関係

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日米諒解案

投稿者: huaxianglan 投稿日時: 2006/05/27 17:01 投稿番号: [116177 / 196466]
wooo_blit_2008さん今の中国の諜報能力に限定すれば仰るとおりかもしれません。

ただ、日米開戦にまで中国の策略が関与していたのかもしれないというのは、当時の中国の外交力を過大評価しすぎではないでしょうか?

米国のRoosevelt政権が中国に対して好意を持っていたこと、つまり日本の侵略行為に否定的な考えを持つ政権であったことは事実ですし、
私が尊敬してやまない宋美齢女史がRoosevelt大統領や閣僚との親交を深めたり、様々なLobbyingをされていたことは知っています。

ですが、当時中国は大陸の大半を日本軍に侵略され、日本の傀儡である汪兆銘政権が存在していました。
重慶(国民党)政府は米英の支援(援蒋)がなければ日中戦争を維持することも難しく、
中国共産党にいたってはまだ趨勢を決定できる要素にもなっていませんでした。

中国が、日米開戦を決意させるまでRoosevelt政権に働きかけることができたのでしょうか?   それは疑問なんですが・・・

日米諒解案からHull noteに至る経緯も日本側に原因があると想います。
日米諒解案は、仰るとおり中国の満州国承認や日本軍の中国撤退、蒋介石政権と汪兆銘政権の合流、非賠償といった条件で
米国大統領が日華関係を斡旋する日本の南方資源獲得に米国が支持と協力を与えるなど、そうとう日本への配慮が見られた案でした。
逆に言うと、中国の人達から考えればこの日米妥協こそもっともあってはならない悪夢でもあったのですが。

ですが、この案が日米で合意されていれば、少なくとも日米開戦は防げたでしょうし、日中戦争も4年早く終結していたでしょう。
しかも内容はそれほど(Hull noteと比べて)過酷ではありませんでしたし、近衛政権はもちろん、日本陸軍ですらこの案に賛同を示していました。

それを破談にしたのが日本の松岡洋右外相です。

松岡外相は、この日米諒解案に対する修正案として日本軍の中国撤兵などの条項をすべて削り(つまり日華和平条件を白紙にしてしまいました)
南方へ武力を使用しないという条項も削除しました。
これは修正案というより、事実上の拒絶と米国に判断されても仕方ないと想います。

さらに不思議なのは、松岡外相という人は日米開戦には反対の考えを持っていた人物だったということですね。

それなら何故この日米諒解案を受け入れられなかったのか。本当に不思議です。
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