Re: ODA ② 清の天津条約違反
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/05/26 23:50 投稿番号: [116162 / 196466]
低脳アホチンjptmd2004は、よい子のための正しい歴史認識を身に着けましょう。
お前、死ぬまで「バーカー」さんで、死んでも「バーカー」さんね!
>日本は、反乱が鎮まったのにもかかわらず、撤兵しないまま、日本の敗戦まで、半島を乗っ取った。
1.まず、天津条約を破ったのが清であることは確定
以下のとおり、天津条約を破ったのは清で、6月7日の知照前の6月6日には大沽から第一次派兵を行った。
<清の動き>
6月1日
朝鮮、清国政府に出兵要請
●6月6日 清軍、大沽出港(第一次出兵)
● <天津条約違反>
6月7日 清国、対日出兵通告
6月8日
清軍、白石浦上陸
2.日本の派兵駐留の国際法的根拠は済物浦条約による公使館及び居留民保護
清の派兵理由は6月7日の知照文書に書かれていた「属邦保護」。つまり朝鮮は清の植民地と宣言したわけで、日本は即時にこの派兵に不同意を回答し、日本の派兵を北京で知照した。
清は朝鮮に派兵侵略し、朝鮮は清の植民地であると宣言したわけで、清の軍政下で、公使館及び居留民保護を行うには、それ相応の規模の兵力が必要であったということ。つまり、天津条約が想定していた朝鮮の内乱問題ではなく、清の朝鮮に対する武力侵略に対し「公使館と居留民の生命安全の保護」を行うのであるから、天津条約は関係ないの。
わかるか、アホチン
低脳アホチンjptmd2004には、ちょっと難しい、よい子のための正しい歴史認識。
げらげらげら
これは メッセージ 116149 (jptmd2004 さん)への返信です.
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