日中関係

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

スターリンに嵌められた日本

投稿者: durham041 投稿日時: 2006/05/21 01:11 投稿番号: [115803 / 196466]
日中戦争開戦の前の中国の地図を見れば歴史の真実が分かる。西欧列強の租界でほとんどが塗りつぶされている。その中の一つが日本の租界。そこに浸出していた日本軍を脅威と見たソ連。中国共産党創作の歴史に惑わされず、ソ連コミンテルンと中国共産党との間の通信、各種報告記録の方が遥かに真実を物語っている。

スターリンは日本を北に戦力を展開する可能性のある脅威とし上海で日中間で全面戦争を勃発させ広大な中国大陸の中心部に引きずり込む戦略をとった。蒋介石国民党は日本軍とは衝突しないように細心の注意を払う方針を取っていた。日本軍も進駐は華北限定とする方針を徹底していた。しかし1937年7月7日盧溝橋で国民党中国軍と日本軍は衝突した。両軍の不戦の方針にも拘わらず。ソ連による工作である。

その数週間後1000km南の上海で軍事衝突がすぐに勃発。日本軍は上海には少数の海軍陸戦隊駐屯のみ。蒋介石国民党も上海で軍事衝突が起こらないように上海から部隊と大砲を遠ざけていたにも拘わらずである。8月中旬時点になっても日本軍は華北限定の方針を指示していた。日中を開戦に引きずり込んだのはスターリンの作戦だった。広州のソ連資金と人材で設立された軍官学校で嘗て教官をしていた張治中将軍。蒋介石国民党に送り込まれた共産党スパイであり1930年代からソ連大使館と密接な連絡を取っている。日本軍に先制攻撃を仕掛けるように何度も進言したが蒋介石は耳を貸さなかった。8月9日張治中は上海飛行場外で事件を仕組んだ。張治中が配置しておいた中国軍が日本海軍陸戦隊の中尉と一等兵を射殺した。さらに中国人の死刑囚に中国軍の軍服を着せた上で飛行場の門外で射殺し日本軍からの先制攻撃と見せかけた工作を実行した。蒋介石が衝突の拡大を必死で食い止めようとしたが張治中が攻撃を拡大、14日に中国軍機が日本の旗艦出雲を爆撃し、日本軍駐屯海軍陸戦隊に総攻撃を開始した。そして、日本の艦船が上海を砲撃し日本軍が中国人に対する攻撃を開始したと虚偽の記者発表をした。蒋介石の静止にもかかわらず全面戦争となった。スターリンは国民党軍を日本軍との戦争を継続させるべく積極的に軍事支援し2億5千ドルの資金と航空機1000機の他、戦車、大砲を売却し1937年12月から1939年末迄に1000人以上のソ連軍パイロットを中国での戦闘任務に派遣した。

ソ連外相マクシムはフランス副首相ブリュムへ宛てた記録で日中戦争拡大の成功を喜びこの戦争ができるだけ長く続く事を祈っていると述べている。張治中は最も偉大な成果を挙げたスパイとなった。彼の実行した作戦は回想録で詳細に明記されている。詳細の歴史的な記録もソ連側に残っている。1949年蒋介石は台湾に逃れたが、スパイだった張治中は中国共産党政権下に入った。蒋介石国民党と日本軍の全面戦争はスターリンそしてスターリンの傀儡の毛沢東の作戦通りに展開した。毛沢東は日本軍とは極力衝突を避け、日本軍が進軍していった後背地を占領して行った。

後に毛沢東は日本軍閥に感謝の意を表している。勝者は毛沢東とスターリンであり敗者は蒋介石と日本軍、そして、毛沢東により死に追いやられた7000万人にも及ぶ中国人民である。スターリンは蒋介石国民党を利用して日本軍を南に向けさせ泥沼に引きずり込み北への脅威を減らすことに成功し、毛沢東は己の勢力を拡大するために蒋介石国民党壊滅を意図して日本軍と戦わせたのである。もし、日本軍が蒋介石と衝突していなければ、中国共産党は蒋介石に壊滅されており北朝鮮も存在していなかった。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)