日中関係

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廬溝橋の一発(確定済)

投稿者: sada_goro 投稿日時: 2006/04/22 18:26 投稿番号: [113537 / 196466]
廬溝橋で誰が一番先に発砲したかは、以下のことによりほぼ確定しています


・当時、廬溝橋で日本軍は演習をしていたが演習のため実弾は携行していなかった。
そのとき、突然発砲された(国民党軍は否定)

・国民党(蒋介石)軍も銃撃された

・昭和24(1949)年10月1日、「中華人民共和国」成立の日、周恩来首相は、
「あの時(盧溝橋事件の際)、我々の軍隊(共産党軍)が、日本軍・国民党軍双方に、(夜陰に乗じて)発砲し、日華両軍の相互不信を煽って停戦協定を妨害し、我々(共産党)に今日の栄光をもたらしたのだ」 と発言した。

・終戦後、日本に帰国せず、中国共産党人民解放軍の傭兵になった旧日本軍の兵士が多数いが、その中の一人、葛西純一氏は1945年9月から1953年4月まで、政治部員、通訳などを務めた。
  氏はその編訳書『新資料盧溝橋事件』(1974年、成祥出版社)の中で、中国人民解放軍総政治部発行のポケット版『戦士政治課本』に次のような記述があると書いている。
  「7・7事変(盧溝橋事件)は、劉少奇同志の指揮する抗日救国学生の一隊が決死的行動を以って党中央の指令を実行したもので、(略)蒋介石南京反動政府は、世界有数の精強を誇る日本陸軍と戦わざるを得なくなった。その結果、滅亡したのは、中国共産党ではなく蒋介石南京反動政府と日本帝国主義であった」と

・東京裁判の公判中
河辺旅団長、牟田口聯隊長は盧溝橋事件の責任者として嫌疑が掛けられていたが、中国共産党の劉少奇が事件の現場責任者は自分だとの発表したため即刻釈放された
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