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誰も知らなかった毛沢東・・抜粋

投稿者: kougashatown 投稿日時: 2006/03/31 00:47 投稿番号: [111234 / 196466]
「マオ   誰も知らなかった毛沢東   (下)」   張戎(ユン・チアン)著   講談社
第40章   大躍進・・・国民の半数が死のうとも    1958−61

・・・軍事偏重の本質は依然押して隠蔽されたままだった。中国人民は曖昧な表現によって、大躍進の目標は中国が「世界で最も強力な国家のひとつになることだ」と聞かされていた。毛沢東は原子力潜水艦を建造する為の技術援助をソ連に迫った。「膨大な資金がかかるが中国はどうやって代金を支払うつもりか」というフルシチョフの質問に対して、毛沢東は「中国には無限の食料がある」と答えた

農村幹部は食料を供出させる手段としてしばしば暴力に訴えた。それで効果がなければ、武装した警官が送り込まれた。農村に国家の暴力が吹き荒れた。暴力による取立てを正当化するため、毛沢東はくりかえし農民や農村幹部が穀物を隠匿していると非難した。
  農民に食料を隠匿する余裕などないことを、毛沢東はよくよく承知していた。毛沢東は優秀な情報収集システムを持っていて、全国で毎日何が起こっているかすべて把握していた。1959年4月には「大問題。15省で2517万人が食料欠乏」と、国の半分で深刻な飢餓が起こっていることを知らせる報告書を読んでいる。人民が観音土(土と麦わらをこねた団子)を口に入れるほど飢えていることも、毛沢東は知っていた。

穀物(から作られるアルコール)はミサイルのテスト(の燃料)にも使われた。1回のテストごとに1万トンの穀物が消費された。100万人から200万人の年間食物摂取量を1回のテストで使い切ったことになる。

  都市部でも人々は飢餓に苦しんだ。配給される食糧では命をつなぐのがやっとだった。「日常がスローモーションで進んでいるように見える」「自転車に乗っている何万という人々も、ぼんやりしてまるで生気がない」と、当時の北京を見たポーランド人が証言している。

  大躍進と大飢饉の4年間で、3800万近い人々が餓死あるいは過労死した。この数字は劉少奇によって確認されている。
1958年から59年にかけての2年間、穀物だけでも700万トン近くが輸出されている。これらが輸出に回されなかったら、おそらく中国人は1人の餓死者も出さずにすんだはずだ。
  毛沢東は「われわれは世界革命に勝利するために3億人の中国人を犠牲にする用意がある」と言った。「人口の半分が殲滅される。――この程度のことは、中国の歴史では何度も起こっている」
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