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jptmd2004さんの為にまとめました。

投稿者: keijiban1234 投稿日時: 2006/03/08 23:33 投稿番号: [109998 / 196466]
虐殺期間が変更されたみたいなので『No.109492』の根拠は無しと結論付けました。南京軍事法廷が不当である事を認めたので、虐殺期間を変更したんですか?虐殺期間を「3ヶ月」になると南京軍事法廷で既に犠牲者30万人なっている事の否定になっているので質問しています。また、今度の虐殺期間「3ヶ月」の根拠を掲示してください。

-------- -まとめ ------------------ -

『No.109492』の「7ヶ月間の資料審査を経て、南京大虐殺があったと判決されたんだろう。」
から議論が始まり、jptmd2004さんはその根拠として『No.109504』で下記を掲示しました。(『裁判』の中の『南京軍事法廷』を参考に。)
『谷寿夫に対しての判決文』笠原十九司『南京事件』P12
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/

しかし、この「南京事件」笠原十九司について下記のHPが存在する。
---------- 《参考に》 -------------------------------- -
   笠原十九司『南京事件』『笠原十九司「南京事件」の偽造写真』
http://www.han.org/oldboard/hanboard3/msg/4648.html
  『「南京事件」笠原 十九司   岩波新書』
(青文字の部分をクリックしてもらえば、説明が見られます。)
http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/1nankin-k.htm
---------------------------------------------------- -
そこで、谷寿夫に対しての『南京軍事法廷判決』のHPを掲示します。
http://www.geocities.jp/yu77799/gunjihoutei.html
上記のHPの『事実』の中では、『調査によれば虐殺が最もひどかった時期はこの二十六年十二月十二日から同月の二十一日までであり、それはまた谷壽夫部隊の南京駐留の期間内である。』となっていますが、実際は『六師団は南京陥落から三日後の十二月十六日には南京から揚子江上流の蕪湖に転戦しており、十日間も南京にとどまっていなかった。』のです。

下記のHPを読めば、不当な裁判で死刑判決を受けた事が判ります。
http://www6.plala.or.jp/carryback/page257.html

また、被害者30万人以上についても不当な裁判の中で語られた事であり、下記の(1・2・3)からも捏造された可能性が高い。
1.   30万人以上の虐殺の根拠を示す資料は存在せず、捏造された写真だけが多数存在している。
2.   当時、南京にいた外国報道陣や外国人代表のドイツ人のラーベ氏から伝えられた犠牲者数(2万人から5万人)を考えても無理がある。
3.   南京の当時の人口は20万人から30万人となっていた事。

『交戦で死亡した日本や中国の軍人や便衣兵』も加算された数字であると『No.109678』や『No.109889』のコメントでjptmd2004さん自身も認めている。
つまり、多くは交戦で亡くなった軍人や便衣兵の死体とも考えられます。当時の南京軍事裁判は駐留期間からいい加減で、戦死者も虐殺として扱われた可能性があり、被害者30万人以上を立証する事が出来ない。

残念ながら、南京事件の根拠を示せずにあれこれと想像しているjptmd2004さんの現状を妄想していると云うのです。(これで、南京軍事法廷判決を根拠とした議論は終ります。次回の議論はjptmd2004さんが虐殺期間「3ヶ月」の根拠を掲示してからです。)
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