ついに中国の汚水が日本へ流れ着いた
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2006/02/22 00:25 投稿番号: [108998 / 196466]
(猛毒ベンゼン)軍事的脅威も大事だが、これも直接侵略の一環なのか?
昨年11月13日、吉林省にある石油化学工場が爆破し、六名が死亡した。同時に猛毒ベンゼンが百噸、松江江に流れ出た。健忘症の日本人はおそらく、この事件を忘れている。
二ヶ月後、猛毒に汚染された松江江の水はハルピン→ハバロフスク→間宮海峡→オホーツク海へと注ぎ込み、しかも汚水は氷塊と化し、流氷となって南下、新しい問題を日中ロ間に惹起した。この被災の詳細はまだ明らかにはなっていない。
黒龍江省の南、吉林で起きた石油化学工場(SNPCの子会社「石林石化分公司」)の爆発事故では数万人が避難したというニュースが最初だった。
しかしながら工場から流失した有毒物質ベンゼンが松花江に流入した事実を中国当局は九日間に亘ってふせた。あのSARSの情報隠匿と同じである。
吉林から同吉林省の北端、松原市にかけては生活用水を井戸に依拠するため、さかんに河川の汚水検査をしていた。その異常事態を目撃した民衆がインターネット、携帯電話などの口コミによって付近に知らせ、パニックは次第に流域の庶民に拡がっていったのだ。
吉林省の北方にひろがる黒龍江省の省都・ハルビン市は400万人の大都会、しかも井戸水ではなく松江江から取水する水道が生活用水の基幹である。
ハルビンでは12月22日から四日間、水道水が使用禁止された。
初めて流出事故を当局は認めた。しかしなお「被害は軽微である」と嘘をついた。ハルピン市民は恐慌に陥った。多くの市民がミネラル・ウォーターの買いだめに走り、一部の金持ちは飛行機や鉄道、長距離バスで他の地区へ逃げた。この時点でようやく温家宝首相が現地を視察した。
松花江はくねくねと蛇行を繰り返しながらアムール川へ注ぎ込み、ロシアのハバロフスクに達し、事故は国際問題となった。
あわてて李肇星外相は、日本に決して謝罪しないのにロシアへは謝罪し、応急措置の支援を約束、活性炭を150噸、緊急にロシアへ運んだ。この間、同様な事故が河南省と重慶でもおこり流域住民の避難騒ぎが頻発していた。
猛毒ベンゼンはハルピンで80噸に減少したが、三週間後の12月5日にジェムス市へといたる。ジェムス市当局は生活、工場用水を使用禁止とした。
翌日、吉林副市長の王偉が”自殺”していた、と発表された(だれかを謀殺して責任をなすりつけるのは古来より中国政治の常道、殆どの庶民は「自殺」説を信じていないが。。)。
猛毒に汚染された河川水はクリスマス前にハバロフスクへ達し、さらに流れは北上し、間宮海峡へと注がれたのである。
樺太とロシア沿海州が陸つづきでないことを発見した間宮の名を冠する、この狭隘な海路は氷結しているため、ながれは北上して、いまのサハリンを北へ蛇行し、オホーツクの海で流氷群のなかに混じる。
間宮海峡からオホーツク海は蟹、にしん、すけそうダラなど、ベンゼンの猛毒に汚染された魚介類が、いずれ日本に輸入される危険性がある。
▲この劣悪な公害、環境破壊のつけが日本に回されるとしたら?
それにしても環境汚染の劣悪さは目を覆うばかり、中国は周辺諸国に公害をまき散らし始めたのだ。渤海湾はヘドロの海、東シナ海は糞尿で汚染され、長江も黄河もどぶ川。美しい日本海の水が中国の「公害輸出」によって汚されるのは時間の問題である。日本が経営した満州時代の松花江の水では、驚くべきことに日本酒が醸造できた(なかにし礼『赤い月』)。それほど美しい自然が残っていた。
旧満州時代から漢族の入植がおびただしく、年間百万人が日本の経営地の好条件に引かれて満州へ入った。満州時代の十三年間に入植した漢族はおよそ1300万人である。これらの地域を何回も歩いた筆者としてはジェムスも牡丹江も外見上、一応は美しい町にみえたし、河畔には瀟洒なホテルも建てられていた。だが河川はすっかり汚染されていた。
驚くべきことに牡丹江では、夏に泳ぐ人もいるが、川は茶褐色に濁っている。
インドの聖都ベナレスでは、歯を磨き洗顔をするガンジス川へ、他方で死体を捨て、排便をし、しかしその水を「聖水」と信じてヒンズー教徒が飲むのが日常の風景だ。日本人の多くはその現場をみて、なんと不潔な場所かと驚き呆れるのだが、いま中国の松江江も黄河も、このインドの不衛生と変わりがないのである。
こうした中国の劣悪な公害、環境破壊のつけが日本に回されるとしたら?
SARSも鳥インフルエンザも終わったのではない。同様な伝染病騒ぎがこれからも連続的に起きるのは必定であり、日本は対中国防衛を軍事面だけで考える平面思考を改めておくべきであろう。(宮崎正弘)
昨年11月13日、吉林省にある石油化学工場が爆破し、六名が死亡した。同時に猛毒ベンゼンが百噸、松江江に流れ出た。健忘症の日本人はおそらく、この事件を忘れている。
二ヶ月後、猛毒に汚染された松江江の水はハルピン→ハバロフスク→間宮海峡→オホーツク海へと注ぎ込み、しかも汚水は氷塊と化し、流氷となって南下、新しい問題を日中ロ間に惹起した。この被災の詳細はまだ明らかにはなっていない。
黒龍江省の南、吉林で起きた石油化学工場(SNPCの子会社「石林石化分公司」)の爆発事故では数万人が避難したというニュースが最初だった。
しかしながら工場から流失した有毒物質ベンゼンが松花江に流入した事実を中国当局は九日間に亘ってふせた。あのSARSの情報隠匿と同じである。
吉林から同吉林省の北端、松原市にかけては生活用水を井戸に依拠するため、さかんに河川の汚水検査をしていた。その異常事態を目撃した民衆がインターネット、携帯電話などの口コミによって付近に知らせ、パニックは次第に流域の庶民に拡がっていったのだ。
吉林省の北方にひろがる黒龍江省の省都・ハルビン市は400万人の大都会、しかも井戸水ではなく松江江から取水する水道が生活用水の基幹である。
ハルビンでは12月22日から四日間、水道水が使用禁止された。
初めて流出事故を当局は認めた。しかしなお「被害は軽微である」と嘘をついた。ハルピン市民は恐慌に陥った。多くの市民がミネラル・ウォーターの買いだめに走り、一部の金持ちは飛行機や鉄道、長距離バスで他の地区へ逃げた。この時点でようやく温家宝首相が現地を視察した。
松花江はくねくねと蛇行を繰り返しながらアムール川へ注ぎ込み、ロシアのハバロフスクに達し、事故は国際問題となった。
あわてて李肇星外相は、日本に決して謝罪しないのにロシアへは謝罪し、応急措置の支援を約束、活性炭を150噸、緊急にロシアへ運んだ。この間、同様な事故が河南省と重慶でもおこり流域住民の避難騒ぎが頻発していた。
猛毒ベンゼンはハルピンで80噸に減少したが、三週間後の12月5日にジェムス市へといたる。ジェムス市当局は生活、工場用水を使用禁止とした。
翌日、吉林副市長の王偉が”自殺”していた、と発表された(だれかを謀殺して責任をなすりつけるのは古来より中国政治の常道、殆どの庶民は「自殺」説を信じていないが。。)。
猛毒に汚染された河川水はクリスマス前にハバロフスクへ達し、さらに流れは北上し、間宮海峡へと注がれたのである。
樺太とロシア沿海州が陸つづきでないことを発見した間宮の名を冠する、この狭隘な海路は氷結しているため、ながれは北上して、いまのサハリンを北へ蛇行し、オホーツクの海で流氷群のなかに混じる。
間宮海峡からオホーツク海は蟹、にしん、すけそうダラなど、ベンゼンの猛毒に汚染された魚介類が、いずれ日本に輸入される危険性がある。
▲この劣悪な公害、環境破壊のつけが日本に回されるとしたら?
それにしても環境汚染の劣悪さは目を覆うばかり、中国は周辺諸国に公害をまき散らし始めたのだ。渤海湾はヘドロの海、東シナ海は糞尿で汚染され、長江も黄河もどぶ川。美しい日本海の水が中国の「公害輸出」によって汚されるのは時間の問題である。日本が経営した満州時代の松花江の水では、驚くべきことに日本酒が醸造できた(なかにし礼『赤い月』)。それほど美しい自然が残っていた。
旧満州時代から漢族の入植がおびただしく、年間百万人が日本の経営地の好条件に引かれて満州へ入った。満州時代の十三年間に入植した漢族はおよそ1300万人である。これらの地域を何回も歩いた筆者としてはジェムスも牡丹江も外見上、一応は美しい町にみえたし、河畔には瀟洒なホテルも建てられていた。だが河川はすっかり汚染されていた。
驚くべきことに牡丹江では、夏に泳ぐ人もいるが、川は茶褐色に濁っている。
インドの聖都ベナレスでは、歯を磨き洗顔をするガンジス川へ、他方で死体を捨て、排便をし、しかしその水を「聖水」と信じてヒンズー教徒が飲むのが日常の風景だ。日本人の多くはその現場をみて、なんと不潔な場所かと驚き呆れるのだが、いま中国の松江江も黄河も、このインドの不衛生と変わりがないのである。
こうした中国の劣悪な公害、環境破壊のつけが日本に回されるとしたら?
SARSも鳥インフルエンザも終わったのではない。同様な伝染病騒ぎがこれからも連続的に起きるのは必定であり、日本は対中国防衛を軍事面だけで考える平面思考を改めておくべきであろう。(宮崎正弘)
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