「“打工者”の心を歌う」〜中国 北京〜
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/12/09 22:08 投稿番号: [104896 / 196466]
「“打工者”の心を歌う」〜中国
北京〜(NHK地球街角アングル)
「出稼ぎ労働者のことを中国では「打工者」と呼びます。
北京だけで四百万人を超えるとみられています。
収入は仕事に慣れた打工者で月に二千元。
経験の浅い打工者はその三分の一程です。
工事が終わるまで休みはほとんどありません。
打工者が自分達の子供の為に作った小学校。
(藍天実験学校)
小学校の一角に「打工青年芸術団」の事務所があります。
リーダーの孫恒さんは出稼ぎ労働者として四年働いた後、
「打工青年芸術団」を立ち上げました。
「13〜14時間、長い日は18時間働き続け、
我々の手と汗でビル、橋、道路をつくっても、
なぜ我々は軽べつされるのか、これが打工者の本音です。
この本音を歌にし、打工者に聞いて欲しいのです」
2002年に芸術団をつくった時、
楽器は孫さんのギターだけでした。
その後、香港の慈善団体が
年間170万円を寄付してくれることになりました。
この寄付でパソコンや楽器を買い、
孫さんの生活費も得られるようになりました
事務所の隣が練習場です。
団員は現在50人。
全員打工者、地方からの出稼ぎです。
この日は一週間後に開かれるコンサートの練習です。
女性達の多くは、住み込みのお手伝いさんや飲食店の従業員です。
コンサートは平均十日に一回開かれ、
時間の都合のつく人がボランティアで参加します。
孫さんは河南省の農村の生まれです。
大学に進み、小学校の音楽の先生になりました。
コンサートの会場はいつも作業の終わった後の現場です。
打工者のリーダーが出身地で出稼ぎ者を集め、
数十人から数百人のグループを作って、
都会に出て仕事を請け負います。
工事が終われば、次の現場に移って行きます。
<一か月いくらになりますか>
「千元くらい」
<故郷で働くより多いですか>
「北京の方がずっと多いです」
<仕事はたいへんですか>
「稼げるから、つらくても大丈夫です」
打工者達は工事現場に造られた宿舎で共同生活を送ります。
「打工青年芸術団」の歌は打工者の現場の中から生まれてきます。
皆の抱えている悩みや不安、そして希望を聞く中で
孫さんの曲のイメージは作られます。
<一日いくらになるの>
「25〜30元くらいかな」
<契約してないの トラブルになってしまうよ>
<働くのにどうして給料を決めてないの>
<早く決めた方がいいよ。今のままでは給料もわからない>
<何かあったら電話して下さい>
打工者の一番の心配は賃金を約束通り受け取れるかどうかです。
工事が終わった後、まとめて支払われるのですが、
支払いの遅れや未払いも起きています。
今作っている曲のタイトルは「燻」(石炭)
「打工者は石炭と同じです。
自分が燃えて炎と熱を出し
他の人に与えている」
打工者の中には結婚して家庭を持ち、
北京にそのまま居続ける人も少なくありません。
同じ地方の出身者が集まって、北京の郊外で暮らしています。
打工者村と呼ばれる、
こうした地域は都市開発からも取り残されたままです。
「今の社会は都会の人が打工者をいじめています。
特に金持ちが貧乏人をいじめます」
講演は夕方7時15分からです。
楽器を運ぶ車は友人が都合をつけ、運転までしてくれました。
今回のコンサートに出演する団員は13人。
それぞれバスや自転車で現場に集まります。
コンサートを行う工事現場です。
朝六時から働いていた打工者達が仕事を終えて、集まってきます。
五百人程の打工者が集まりました。
「寒い寒いある日
一人の仲間が石炭を運んでた
彼は黒い顔で微笑み
私の心に火をつけた
白い雪が降ってきた
黒くなった両腕は彼の誇り
この腕で食べ物 子供のおもちゃ
妻の服 家族の幸せを手に入れた
今私はやっとわかった
光と熱がどこから生まれるか」
「出稼ぎ労働者のことを中国では「打工者」と呼びます。
北京だけで四百万人を超えるとみられています。
収入は仕事に慣れた打工者で月に二千元。
経験の浅い打工者はその三分の一程です。
工事が終わるまで休みはほとんどありません。
打工者が自分達の子供の為に作った小学校。
(藍天実験学校)
小学校の一角に「打工青年芸術団」の事務所があります。
リーダーの孫恒さんは出稼ぎ労働者として四年働いた後、
「打工青年芸術団」を立ち上げました。
「13〜14時間、長い日は18時間働き続け、
我々の手と汗でビル、橋、道路をつくっても、
なぜ我々は軽べつされるのか、これが打工者の本音です。
この本音を歌にし、打工者に聞いて欲しいのです」
2002年に芸術団をつくった時、
楽器は孫さんのギターだけでした。
その後、香港の慈善団体が
年間170万円を寄付してくれることになりました。
この寄付でパソコンや楽器を買い、
孫さんの生活費も得られるようになりました
事務所の隣が練習場です。
団員は現在50人。
全員打工者、地方からの出稼ぎです。
この日は一週間後に開かれるコンサートの練習です。
女性達の多くは、住み込みのお手伝いさんや飲食店の従業員です。
コンサートは平均十日に一回開かれ、
時間の都合のつく人がボランティアで参加します。
孫さんは河南省の農村の生まれです。
大学に進み、小学校の音楽の先生になりました。
コンサートの会場はいつも作業の終わった後の現場です。
打工者のリーダーが出身地で出稼ぎ者を集め、
数十人から数百人のグループを作って、
都会に出て仕事を請け負います。
工事が終われば、次の現場に移って行きます。
<一か月いくらになりますか>
「千元くらい」
<故郷で働くより多いですか>
「北京の方がずっと多いです」
<仕事はたいへんですか>
「稼げるから、つらくても大丈夫です」
打工者達は工事現場に造られた宿舎で共同生活を送ります。
「打工青年芸術団」の歌は打工者の現場の中から生まれてきます。
皆の抱えている悩みや不安、そして希望を聞く中で
孫さんの曲のイメージは作られます。
<一日いくらになるの>
「25〜30元くらいかな」
<契約してないの トラブルになってしまうよ>
<働くのにどうして給料を決めてないの>
<早く決めた方がいいよ。今のままでは給料もわからない>
<何かあったら電話して下さい>
打工者の一番の心配は賃金を約束通り受け取れるかどうかです。
工事が終わった後、まとめて支払われるのですが、
支払いの遅れや未払いも起きています。
今作っている曲のタイトルは「燻」(石炭)
「打工者は石炭と同じです。
自分が燃えて炎と熱を出し
他の人に与えている」
打工者の中には結婚して家庭を持ち、
北京にそのまま居続ける人も少なくありません。
同じ地方の出身者が集まって、北京の郊外で暮らしています。
打工者村と呼ばれる、
こうした地域は都市開発からも取り残されたままです。
「今の社会は都会の人が打工者をいじめています。
特に金持ちが貧乏人をいじめます」
講演は夕方7時15分からです。
楽器を運ぶ車は友人が都合をつけ、運転までしてくれました。
今回のコンサートに出演する団員は13人。
それぞれバスや自転車で現場に集まります。
コンサートを行う工事現場です。
朝六時から働いていた打工者達が仕事を終えて、集まってきます。
五百人程の打工者が集まりました。
「寒い寒いある日
一人の仲間が石炭を運んでた
彼は黒い顔で微笑み
私の心に火をつけた
白い雪が降ってきた
黒くなった両腕は彼の誇り
この腕で食べ物 子供のおもちゃ
妻の服 家族の幸せを手に入れた
今私はやっとわかった
光と熱がどこから生まれるか」
これは メッセージ 104711 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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