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「ワイルド・スワン」ユン・チュアン

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/12/02 22:48 投稿番号: [104508 / 196466]
去る11月28日、外人プレス倶楽部で、評判のユン・チュアン(「ワイルド・スワン」の著者)の記者会見がありました。

ユン氏とジョン・ロデリック氏(戦後延安で毛沢東に単独インタビューしたジャーナリスト)がゲスト・スピーカーでした(出席が予定されていた共著者でユン氏の夫君ジョン・ハリディ氏は滞英中で欠席)。

二時間余りの会見でしたが、半分以上はロデリック氏がしゃべっていました。 ユン氏はスピーチせず質問に応える対応でした。

自分は中国語ぐらいしか出来ないから、中国人へのインタビュー取材を担当し、多言語に通じている夫君が、ロシア・アーカイブの調査含め、残りの全世界を受け持って出来上がったのが、共著『マオ 誰も知らなかった毛沢東』だと、この本が麗しい夫婦間の相互協力で成ったと話し始めました。

毛沢東が殺した中国人民の数は、ロシア・アーカイブ他の資料から少なく見ても七千万人。

その内三千八百万人は'68年から'71年の大飢饉で殺した。 数字を積み上げた根拠は本の中に明示してある。

大飢饉の中、飢え死にする民を見ながら、毛沢東は、食糧をロシアなどに輸出して、欲しい技術・産業資材・武器を手にいれていた。だから毛沢東は後者の死者数はしっかり自覚していたはずだ。

大長征といっても毛沢東は竹の輿に乗り日光を避けて日がな読書をしていただけだ。毛沢東はスターリンからの、日本軍と闘えとの指令に従わなかった賢い男だ。指示通りにしていたら、強い日本軍に全滅させられることが判っていた。

毛沢東は常に権力への近接に関心を払い、それはモスクワとのパイプを掴むことにあると認識して、その保持に腐心した人間だ。自分のいまの地位を脅かす者は誰か、誰が自分の地位を乗っ取りそうか、いつも警戒していた臆病者でもある。

江青は文化大革命を率先遂行したが、これを始めたのはそもそも毛沢東だ。江青が回りから嫌われているのを知って、汚い仕事をやらせ続け、恨みを買っているのを黙って見ていた。所詮毛沢東の「スコーピオン」(手先)に過ぎない女だ。毛沢東は密かに、自分の死後に江青を処分することを軍に対し容認していた。その事実が証左である。

北京オリンピックは、予定通り開催してほしい。そして世界中の人が、テレビに写し出された、あるいは訪れた、天安門広場にある毛沢東の肖像画を見て、彼は最低七千万もの自国民を殺した指導者で、ドイツのベルリン広場にヒトラーの肖像が掛っているのと同じことだと気付いてもらいたい。

ユン氏は、ロシアの資料アーカイブを夫君が懸命に渉猟して、それをもとに一緒に書いたと誇らしく話していました。

出席者から、そんなに信用できる代物なのかと訊かれ、プロパガンダは捨て、当時書かれた信用に足る資料のみを採用していると、いささかムキになって反論していました。

いわゆる「南京虐殺」の死者数について訊かれたのに対して、”Nanjing incident, no, Nanjing massacre”とわざわざ言い直して「多くて三十万人」と答え、太平洋戦争で「日本軍が殺した中国人は二千万人」といい加減な受け答えをしていました。 反共ではあっても、親日ではないことが判りました。
(しなの六文銭)

(宮崎正弘のコメント)チャン女史の新作は、一部に胡散臭さが残るものの、全体としてはいい出来の歴史ノンフィクション。もちろん、これを中国が国内で出版を許すか、どうか。香港では英語版がうられています
作中には毛沢東は南京“大虐殺”に一切興味を示さず、「日本軍のおかげで我々(中国共産党)が政権をとれた」と感謝の言葉を吐いたことも正確に書かれています。そうそう、翻訳もでましたね。『マオ』(講談社)上下貳巻です。
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