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Re: 尖閣領有の時期(質問)

投稿者: keijiban1234 投稿日時: 2005/10/21 21:08 投稿番号: [101030 / 196466]
  横レス、失礼。
>>これは、中国共産党政府の国内向けの文書かなにかに書いてあったのかな(笑)。

>周恩来さんは1951年声明を世界に発表した。

  『質問です。』
  どのような場所で発表したの?
  当時同席した外国人は居ましたか?(世界に発表となっているので。)

  世界に発表した時期が朝鮮戦争中なのが気になります。
  また、1951年は、サンフランシスコ講和条約を結んだ年です。
  (サンフランシスコの平和会議には52カ国が参加したが,ソ連・ポーランド・チェコスロヴァキアの3カ国は調印せず,全面講和ではなく多数講和となった。また会議に参加しなかったインドは講和条約発効後自主的に戦争状態の終結を宣告し,台湾の国民党政府との講和条約も締結されたが,調印したものの批准しなかったインドネシアや参加しなかったビルマ,参加を認められなかった中国の共産党政府との国交回復は,その後にもちこされた。)

  それに1971年12月30日の中国が尖閣諸島の領有を主張した中国外交部の声明で、この尖閣諸島はもともと中国の領土であったものを日本が日清戦争でとったと言っているわけです。
  しかし、下関条約での分譲に尖閣諸島は含まれていなかった事実はどう説明しますか?



   『その1』で明治18年(1885年)一月十四日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なってる。
  だから、
   『その2』の日清戦争後の下関条約でも分譲にも尖閣諸島は含まれていなかった。
  そして、
   貴方が言っている1951年後は、サン・フランシスコ平和条約第三条にもとづき米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実です。『その3』




  『その1』
  尖閣諸島は、明治十八年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認の上、明治二十八年一月十四日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとしたものであ
る。

  『その2』
  同諸島爾来歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、明治二十八年五月発効の下関条約第二条にもとづきわが国が清国より割譲を受けた台湾および彭湖諸島には含まれていない。

  『その3』
  したがって、サン・フランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、同条約第二条にもとづきわが国が放棄した領土のうちには含まれず、第三条にもとづき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ、昨年六月十七日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)によりわが国に施政権が返還された地域の中に含まれている。以上の事実は、わが国の領土としての尖閣諸島の地位を何よりも明瞭に示すものである。

  なお、中国が尖閣諸島を台湾の一部と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第三条にもとづき米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実に対し、従来何等異議を唱えなかったことからも明らかであり、中華人民共和国政府の場合も台湾当局の場合も一九七〇年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動
きが表面化するに及びはじめて尖閣諸島の領有権を問題とするに至ったものである。
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