日中関係

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朝日は社をあげて中共一辺倒

投稿者: you7258 投稿日時: 2005/10/17 20:57 投稿番号: [100216 / 196466]
朝日が、大虐殺はあった、あったと、マスコミの先頭に立ってはやしたてはじめたのである。雑誌「正論」に『朝日新聞の戦後責任』を連載している評論家の片岡正巳氏によると、昭和45年の3月から4月にかけて、自社の株主総会をほったらかして、広岡知男社長は、中国に飛んだ。そして約1ヶ月間、中共政府の熱烈歓迎をうけた。この時から朝日の編集方針は一変したのである。「日中復交促進」を社論にかかげて、何もかも中国共産党政府の意向や言い分を正論として、日本国民に伝達することを使命とする「中国一辺倒の新聞に変身」したのである。社論だけではない。朝日の事業部は、日中卓球親善試合の開催、中国出土文物展の主催、上海舞劇団の公演など、矢継ぎ早に中国文化を紹介した。さらに東京本社編集局長後藤基雄を訪中せしめて、朝日の編集や紙面構成についてまでも談合したという。つまり社をあげて中共の政策にのめり込んだのである。本多勝一記者が中国に渡り、言論統制きびしい共産党の“語り部”(宣伝マン)とみられる人間から大デタラメの作り話を聞かされ、ありもせぬ大虐殺や、万人抗の凄惨きわまりない、日本軍軍民が犯した残虐 物語を無批判に、検証もせず、ウラもとらず、そのまま綴ったのが『中国の旅』である。   史実とも照合せず、日本側の意見も徴せず、無責任極まる『中国の旅』が発刊されたのは昭和46年であるが、これがさらに、朝日新聞にかこみ記事で、史実として大々的に連載されたため、日本国民に与えた影響は甚大なものがあった。    「南京大虐殺事件」なるものは、東京裁判で初めて知らされた事件である。それまでは日本国民は“噂”にすら聞いてもいなかった。南京城の面積は東京都世田谷区よりも矮小である。(約40平方キロ)そこへ外国人記者5人を含む130人ほどの記者・カメラマンが入城して取材にあたった。そのうえ西条八十、草野心平、大宅壮一、野依秀市、石川達三、林芙美子といった著名な詩人・評論家・作家等も入城し、視察している。そのうちの誰ひとりとして、大虐殺など見ていないし、聞いてもいないのである。従って死体の山も血の河も、非戦闘員を殺害している場面の写真なども一枚もない。松井大将は上海に帰って2回、外人記者団と会見しているが、その席でさえ、虐殺に関する質問など受けていないのである。   東京裁判は勝者が敗者に対する一方的な復讐裁判だ。 日本国民は初めて聞く南京虐殺の件に驚愕したものの、日時とともにその印象も薄れかけていた。しかし、改めて『中国の旅』が朝日に連載されるに及んで、国民は愕然とした。なぜならそれは、日本の新聞記者による現地報道だからである。   南京大虐殺事件が初めて中学の歴史教科書に登場したのは、昭和50年の春から使用する教科書である。それは、おそらく、朝日をあげてこの虐殺キャンペーンの影響と思われる。文部省の検定官は、驚き、「戦乱にまぎれて・・・」事件が起きたと修正意見を付した。    それが57年の「侵略」を「進出」に訂正したという誤報を、時の宮沢官房長官が、誤報にもかかわらず中国に謝罪して以後、どの教科書にも「20万、30万」という誇大な虐殺数を列記するようになり、「戦乱にまぎれて・・・」も消えてしまったことはご存じの通りである。朝日は本多記者を中心に社内に「南京事件調査研究所」を設け、大虐殺派の洞富雄元早大教授を顧問に、藤原彰、笠原十九司、吉田裕といった反日・虐殺派の学者を集め、もっぱら南京に大虐殺があったとする出版や寄稿を重ね、さらに虐殺の資料の発表や証言の収集につとめた。    かくして朝日をトップに、日本 のマスコミ全体が、南京に大虐殺があったとする風潮が支配的となった。(ただし産経新聞だけは正論を曲げないため、いまだに北京駐在から外されており、例外である)朝日は度が過ぎて、宮崎の歩兵第23連隊戦友会から訴えられた。それはウソの陣中日誌や満州馬賊の生首の写真までかかげて、大虐殺の証拠だと大きく報道したためである。朝日は訴訟に敗れ、謝罪訂正を余儀なくされている。また毒ガスのニセ写真などもバレて謝罪している。    昭和60年8月、中共は抗日戦争勝利40周年を記念して南京に「侵略日軍南京大虐殺遇難同胞記念館」を建設していたが、何とその企画を持ち込んだのは日本社会党(現在の社民党)某実力者であり、その資金は総評(現在の連合)がまかなったといわれている。    前述の朝日の「南京事件調査研究所」のメンバーも、記念館建設の前後に南京を訪問して熱烈歓迎を受けている。本多、洞、藤原氏ら12人による『南京大虐殺の現場へ』の著書が朝日から出版されている。館内に飾られた写真その他の資料は日本から持ち出されたとみえて、館内で販売される資料集は、なぜか当分、日本人には売らないことになっていたという。
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