死と暴力の象徴
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/08/13 08:56 投稿番号: [288 / 503]
1905年の日本による「韓国武力併合」は隣接する国家、朝鮮の「人と物」を奪い尽くす日本帝国主義の侵略以外の何ものでもないことは、厳然たる歴史的事実として克明に物語られている。その結果として世界史の中でも稀なる日本植民地主義の終末は、太平洋戦争において、アジアの人々の累々たる2千万人もの多大な犠牲と数百万の自国民すら「戦場の鬼」として死に至らしめたのである。
わが国、朝鮮半島でもその侵略の余波は、強制徴兵、強制連行として血なまぐさい情景を至るところでもたらした。最愛の息子を奪われた親たちの嘆きは天を突くばかりであった。夫を奪われた妻たちはその恨(ハン)の思いを口にすることもできなかった。父を奪われたその子たちは嘆くこともできず、日帝の監視の下に、東に寝て西で食する流浪の生活を強要された。戦地の弾丸除けにされた幾多の朝鮮出身の軍人・軍属らの帰りを待った親たちは、戦後60年を経て、すでにもうこの世にはいない。
日本は第2次世界大戦中、朝鮮半島からあらゆる資源を強制調達した。農産物、文化財、鉱産物、そして「人的資源」においては老若男女を問わず、国内では報国隊、日本本土には徴用、そして若き人々は徴兵・志願兵として、人間狩りがおこなわれた。「軍人・軍属24万2341人、労務徴用者66万7684人のうち、2万2182人死亡」、これはいずれも日本側の発表であり、実際の被害は遥かに甚大である。
これは メッセージ 1 (akanbei_21c さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffc4zjbb9ga4o9gka1a4c0a4ca4bf_1/288.html