大東合邦論
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2006/01/12 13:36 投稿番号: [168 / 503]
大東合邦論
日本最初(明治15年)の社会主義標榜政党「東洋社会党」を結成した樽井藤吉によって、明治26年に漢文で書かれた「大東合邦論」は、日朝の対等合邦により、連邦国家「大東国」を建設し、西洋列強の進出に対しこの「大東国」を中核として東亜細亜諸国の団結を図ろうと訴えた書物です。日本の新聞に「荒唐無稽」「一読の価値なし」と評されたこの本が漢文で書かれたのは、日本国内よりも寧ろ朝鮮人やシナ人に訴えるためであり、朝鮮では謄写印刷で増版されシナでは海賊版すら出回った。この本が朝鮮やシナの有識者の心を捉えたのは、西洋列強の現実の脅威に対し、樽井藤吉が東アジアと言う共同体を実体として構築しようという、明快な対抗策が示されてたからである。開国した朝鮮が安定した国家になることは日本の安全保障上重要課題であった。そして朝鮮の改革、近代化を支援して失敗した福沢諭吉に代表される民間人や明治政府が様々な視点で朝鮮の改革を支援した、朝鮮人がそれを欲してた、その事実を政治学者グレゴリー・ヘンダーソンが評したのが下記です。
「外国勢力によるシーソーゲームのなかで改革を志す朝鮮人は、
清朝中国はもっとも反動的であり、帝政ロシアの反動ぶりも似たり
よったりで、米国は朝鮮に無関心で、韓国政府は無能であると
感じていた。ひとり日本のみが、積極的に明治の改革を推進しており、
彼らにおおいに訴えるところがあった。日本からは朝鮮に数千人の
移住者があり、有効な市場網をはりめぐらせ、もっとも活動的な
顧問団を送り、そしてなによりも軍隊を駐留させていた。この時代の
大部分の改革者は日本をあてにしたものであり、日本もまた
全般的に彼らを支援したのであった」
(「朝鮮の政治社会」)
http://www.h7.dion.ne.jp/~speed/heigou_korea.htm
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffc4zjbb9ga4o9gka1a4c0a4ca4bf_1/168.html