大虐殺は南京・長安・北京でもおこなわれた
投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/08/07 20:55 投稿番号: [9 / 118]
「三光作戦」や「万人坑」「七三一部隊」もそうだが、「南京大虐殺」の嘘が、社会主義政権防衛のために行う反日、敵日の運動、教育、洗脳政策の強力なテコとなっていることは、私がずっと指摘してきたことだ。
私はかつて、「南京大虐殺」に強い関心を持つある日本の友人に、「あんな嘘を信じているのは実直な日本人だけだ。嘘を研究しても無意味だから、ほっておいたらどうか」と話したら、「いや、嘘も百回つかれたら、真実になってしまう。真実を徹底的に究明しなければならない」と言われた。さすがに日本人らしい。
たしかに「一犬日に吠え、万犬虚に吠える」といった現象は、世間ではよく見られることだ。ことに実直な日本人には、この「虚言」を素直に信じている人が少なくない。しかも「研究」の名を借りて、中国政府に呼応する反日学者も大勢いるから、やはり「虐殺」については、徹底的に研究する必要があると痛感している。
中国史から見た「南京大虐殺」は、実に凄まじいもので、東晋時代の王敦によるもの以来、南京大虐殺は王朝交代や内訌、内乱のたびに発生し、多くの城民が殺されてきた。就中、南朝時代の宋のときは、皇族間の殺し合いだったため、皇族一族は断絶した。梁の時代の候景による南京大虐殺は史上最多の死者を出し、日本軍の「百万虐殺」説は、これのコピーではないかとも思われる。南朝の中で、官軍王僧弁軍の南京への逆襲やら、隋の陳王朝攻滅の大虐殺も有名だ。隋以降、南京城は一事廃城にもなった。
その後も「南京大虐殺」は続き、十九世紀にも、太平天国の乱における曹国センの大虐殺、二十世紀に入ってからは、辛亥革命直後に張勲による大虐殺が起こった。曹国センの大虐殺当時、天京(南京)から財宝を搬出する車列は延々三ヶ月間も続いたと、趙烈文の『能静居士日記』に記録されている。
このように「南京大虐殺」は、中国で騒乱があるたびに欠かせない、いわば中国史の恒例行事のようなもので、もちろん大虐殺は、南京だけにとどまらず、長安、洛陽、開封、北京、揚州といった都市でも、歴代王朝の交替、変動のたびに行われていることは、『史記』をはじめとする「二十五史」など、この国の正史がはっきりと記録するところだ。
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