朝鮮民族はなぜ食料不足に喘ぐのか?
投稿者: jagaimokakumeichon 投稿日時: 2009/02/12 19:53 投稿番号: [1 / 8]
北朝鮮の「ジャガイモ革命」と「先軍政治」
「ジャガイモ革命」の報道を読む
飢餓と多くの国民の脱出が伝えられる北朝鮮から「ジャガイモ革命」なる言葉が1999年頃から頻繁に報道されるようになった。餓死者300万人と伝えられる北朝鮮の食糧事情から、この「ジャガイモ革命」は飢餓に喘ぐ北朝鮮が、イネを植えられない地域で食糧増産を始めた、のだろうと観測した。「北鮮」との呼称は、朝鮮総督府施政下では成鏡南北道を指した。1930年代前半、宇垣総督はその「北鮮」地域の米作不適地にジャガイモを栽培させる運動を起こしており、それが北朝鮮の「ジャガイモ革命」を押し進めて地域と重なるところがら、食糧政策の一環だと見られたのであろう。
そこで、北朝鮮から報道される「ジャガイモ革命」を追って見ると、1998年11月に入ると、「ジャガイモ栽培面積を2倍に」という、北朝鮮農業省の計画が紹介されている。これは北朝鮮の政権党である労働党中央委員会の機関紙『労働新聞』が、翌1999年にはジャガイモ栽培面積を2倍にし、2002年までジャガイモの栽培面積を体系的に増やすと報道したことを紹介した記事であった。
この報道記事で注目された2点は、一つには水田に稲作の前作としてジャガイモ栽培を指示していることと、二つにはジャガイモ栽培を立派に行えば人民が豊に暮らすことになる、と述べた点である。この一点目は、二毛作運動として後に注目されるが、二点目の人民の生活が豊かになる、の意味が日本では「食糧確保」の面でしか捉えられなかった。そして、 12月に入るとジャガイモ畑を水田に求める成鏡南道の運動が紹介され、ここではジャガイモで食糧問題を解決するという北朝鮮側の希望が、字句通りに受け取られた。そこから、水田にまでジャガイモ栽培を普及した真意と、ジャガイモ栽培を立派に行うことが強盛大国建設するための闘争だと述べた意味を正しく掴み得なかったのである。
この北朝鮮の「ジャガイモ革命」には国連も食糧増産、飢餓から脱出への努力と見て種子提供を行ったのである。
だが、食糧確保はジャガイモ増産の表の一面であり、「先軍政治」を標榜する国故に裏の一面を見落として来たと言える。言える理由は、戦時下の日本、昭和17年には食糧問題と糖質原料問題との調整が政府の大きな課題と成っていたからである。
「ジャガイモ革命」は食糧増産だけが目的なのか?
北朝鮮からの報道を見る限り、「平壌にジャガイモ専門の食堂がオープン」と有り、食糧に使われているように受け取れる。だが、その専門店の料理内容を検討するとジャガイモ餅が主であった。ジャガイモ餅はデンプンを採った粕からも充分に作られることから、北朝鮮でデンプン工業が成立していることを伺わせる報道に成っていた。そこで報道を追って行くと、ジャガイモ加工方法の改善が謳われていることに気付いた。そのまま食糧になるジャガイモに、加工方法を絶え間なく改善せよなどと指示することには矛盾を含んでいる。ジャガイモはそのまま食べても、塩さえ在れば美味な食べ物である。
そして2000年に入ると、デンプン工場の建設が報道される。そのデンプン工場からデンプンが平壌に運ばれたと2000年12月に報道されている。 2002年2月23日に金正日が両江道の大紅淵ジャガイモ加工工場を現地指導したことが報道される。その報道内容を見ると、金正日は工場の拡張工事の説明を聞き、デンプンエ場内に「新たに建設された麺職場、水飴職場、酒職場」を見て廻ったとある。幾つかの職場の中でも酒職場の存在は発酵法によるアルコール製造を裏付けることとなる。それから金正日が「労働者らを誠心誠意援助している軽工業科学分院発酵研究所研究士キム・ユンフィ同志と会見」し、彼女の努力を称賛したとの報道は、ジャガイモから発酵法によるアルコール生産を推察させるモノである。
つまり、燃料難の北朝鮮でも、戦時中の日本と同じくガソリンに無水アルコールを混入させる政策が採られていることを推測させる報道となっている。それから、北朝鮮でもジャガイモデンプンが爆薬原料であることは常識である。
参考文献
1、ラジオプレス『PR北朝鮮FAXニュース』(日刊紙)、本文中に引用した北朝鮮側報道文はここから引用している。この『PR北朝鮮FAXニュース』紙は、財団法人ラジオプレスが日刊で北朝鮮当局が発表する報道を訳してFAXで契約者へ送付している。尚、ラジオプレスでは『PR北朝鮮政府動向』(月刊誌)も刊行している。
2、黄詰洪「在日本朝鮮人科学技術協会の対北韓科学技術協力経験」(科学技術政策院『科学技術政策』(No134、2002年4月刊)
3、二国二郎編集『デンプンハンドブック』(朝倉書店、1961年1月刊)
「ジャガイモ革命」の報道を読む
飢餓と多くの国民の脱出が伝えられる北朝鮮から「ジャガイモ革命」なる言葉が1999年頃から頻繁に報道されるようになった。餓死者300万人と伝えられる北朝鮮の食糧事情から、この「ジャガイモ革命」は飢餓に喘ぐ北朝鮮が、イネを植えられない地域で食糧増産を始めた、のだろうと観測した。「北鮮」との呼称は、朝鮮総督府施政下では成鏡南北道を指した。1930年代前半、宇垣総督はその「北鮮」地域の米作不適地にジャガイモを栽培させる運動を起こしており、それが北朝鮮の「ジャガイモ革命」を押し進めて地域と重なるところがら、食糧政策の一環だと見られたのであろう。
そこで、北朝鮮から報道される「ジャガイモ革命」を追って見ると、1998年11月に入ると、「ジャガイモ栽培面積を2倍に」という、北朝鮮農業省の計画が紹介されている。これは北朝鮮の政権党である労働党中央委員会の機関紙『労働新聞』が、翌1999年にはジャガイモ栽培面積を2倍にし、2002年までジャガイモの栽培面積を体系的に増やすと報道したことを紹介した記事であった。
この報道記事で注目された2点は、一つには水田に稲作の前作としてジャガイモ栽培を指示していることと、二つにはジャガイモ栽培を立派に行えば人民が豊に暮らすことになる、と述べた点である。この一点目は、二毛作運動として後に注目されるが、二点目の人民の生活が豊かになる、の意味が日本では「食糧確保」の面でしか捉えられなかった。そして、 12月に入るとジャガイモ畑を水田に求める成鏡南道の運動が紹介され、ここではジャガイモで食糧問題を解決するという北朝鮮側の希望が、字句通りに受け取られた。そこから、水田にまでジャガイモ栽培を普及した真意と、ジャガイモ栽培を立派に行うことが強盛大国建設するための闘争だと述べた意味を正しく掴み得なかったのである。
この北朝鮮の「ジャガイモ革命」には国連も食糧増産、飢餓から脱出への努力と見て種子提供を行ったのである。
だが、食糧確保はジャガイモ増産の表の一面であり、「先軍政治」を標榜する国故に裏の一面を見落として来たと言える。言える理由は、戦時下の日本、昭和17年には食糧問題と糖質原料問題との調整が政府の大きな課題と成っていたからである。
「ジャガイモ革命」は食糧増産だけが目的なのか?
北朝鮮からの報道を見る限り、「平壌にジャガイモ専門の食堂がオープン」と有り、食糧に使われているように受け取れる。だが、その専門店の料理内容を検討するとジャガイモ餅が主であった。ジャガイモ餅はデンプンを採った粕からも充分に作られることから、北朝鮮でデンプン工業が成立していることを伺わせる報道に成っていた。そこで報道を追って行くと、ジャガイモ加工方法の改善が謳われていることに気付いた。そのまま食糧になるジャガイモに、加工方法を絶え間なく改善せよなどと指示することには矛盾を含んでいる。ジャガイモはそのまま食べても、塩さえ在れば美味な食べ物である。
そして2000年に入ると、デンプン工場の建設が報道される。そのデンプン工場からデンプンが平壌に運ばれたと2000年12月に報道されている。 2002年2月23日に金正日が両江道の大紅淵ジャガイモ加工工場を現地指導したことが報道される。その報道内容を見ると、金正日は工場の拡張工事の説明を聞き、デンプンエ場内に「新たに建設された麺職場、水飴職場、酒職場」を見て廻ったとある。幾つかの職場の中でも酒職場の存在は発酵法によるアルコール製造を裏付けることとなる。それから金正日が「労働者らを誠心誠意援助している軽工業科学分院発酵研究所研究士キム・ユンフィ同志と会見」し、彼女の努力を称賛したとの報道は、ジャガイモから発酵法によるアルコール生産を推察させるモノである。
つまり、燃料難の北朝鮮でも、戦時中の日本と同じくガソリンに無水アルコールを混入させる政策が採られていることを推測させる報道となっている。それから、北朝鮮でもジャガイモデンプンが爆薬原料であることは常識である。
参考文献
1、ラジオプレス『PR北朝鮮FAXニュース』(日刊紙)、本文中に引用した北朝鮮側報道文はここから引用している。この『PR北朝鮮FAXニュース』紙は、財団法人ラジオプレスが日刊で北朝鮮当局が発表する報道を訳してFAXで契約者へ送付している。尚、ラジオプレスでは『PR北朝鮮政府動向』(月刊誌)も刊行している。
2、黄詰洪「在日本朝鮮人科学技術協会の対北韓科学技術協力経験」(科学技術政策院『科学技術政策』(No134、2002年4月刊)
3、二国二郎編集『デンプンハンドブック』(朝倉書店、1961年1月刊)