韓国人が直視すべき真実の”千年属国史”
投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/08/12 15:27 投稿番号: [9 / 175]
韓国人の歴史歪曲捏造は余りにも酷く、目に余るものがある。
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi49.htm
これが日韓の感情的なもつれの根本的な要因であり、双方に摩擦を生み出す元となっているのだ。
韓国人はよく日本の歴史歪曲を指摘するが、実際は韓国で教えられる歴史こそが、そもそも歪曲と捏造に満ちたものだから話にならないのである。
近代史からの因縁の日韓の歴史の齟齬は「日本は朝鮮の独立を奪ったのか?」という点から始まる。
結論から言うが、奪ったも何も、
【元々朝鮮は中国歴代王朝の千年属国】であり、【主権】さえ認められていなかった国なのだ。
【日本が下関条約の第一条】で初めて【朝鮮の中国からの独立】を明記するまで、
【千年の長きに渡り朝鮮は、中国の属国】となっていた事実を、韓国人達は決して認めたがらない。
つまり
【日本が朝鮮を支那から独立させた】と言うことだ。
今回はその千年属国の真実を示すことで韓国人の歴史認識がいかに歪曲されたものであるかを証明したい。
朝鮮の歴史を紐解くと、
【初期の高麗朝を除きほぼ全てに渡って中国歴代王朝の属国】としての地位に甘んじてきた。
つまり日本が朝鮮を支那から独立させるまで【支那の属国であった】ということだ。
その有様は、
● 事大主義(小国が大国に媚びへつらって生きていく主義)に代表されるように千年属国朝鮮の悲惨な姿を現している。
しかしながら当の朝鮮は事大主義に生きることを選択し、それを誇りとしているのだから何をかいわんやである。
朝鮮の
この事大主義は、時には何と
【朝貢を受ける中国王朝の方が、迷惑がる事もあった。】
さらに朝鮮の事大主義は益々エスカレートしていく。
【さすが属国朝鮮は宗司国支那に国名前を支那に決めてもらった。】
高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は、王位につくやすぐさま、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている。この時、
●李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許されている。
世界史の中で様々な国が存在するが、
●【他国に自国の国号を決めて貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ一カ国】である。
さて、韓国人が誇るものの中に
●「東方礼儀の国(邦)」とういう朝鮮を指し示す言葉がある。
この言葉の本当の意味を知っている韓国人は少ないのだが、
これは
【中国王朝から朝鮮へ贈られた言葉である。】
●「東方礼儀の国(邦)」直訳すれば「中国の属国として礼節を尽くした国」という意味なのだが、この意味を韓国人は全く理解していないのが、皮肉である。
中国皇帝によって任命され、中国の朝廷は朝鮮の王妃や王太子の廃立に至るまで、その権限を振るうことが出来たのである。
当時、
● 朝鮮を実質的に指揮監督していたのは、中国王朝の北洋大臣や直隷総督などである。
つまり国王というのは形ばかりのものであって、決して主権国家の元首として扱われていたのではないのである。
さらに朝鮮国王の中国王朝からの使節の出迎えは余りにも屈辱的である。
●満州人の使節が来ると、
【朝鮮国王は自ら高官を引き連れて【迎恩門】まで歓迎に赴いて、地面にひざまずいて使節に敬意を表し、宴会を催し、芸を披露して接待しなければならなかった。】
王太子は慕華館(迎賓館)で使節に酌の礼をするのが最大の役目だった。
この【迎恩門】も日本が支那から独立させたときに朝鮮が取り払った。
【迎恩門】
http://www.he.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/photo/seoul/geionmon_01.html
【迎恩門】この後には独立門「支那から独立した記念の門」
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/column/seoul/archive/news/2005/20050428org00m030117000c.html
属国の証拠
http://www.geocities.jp/savejapan2000/korea/k089.html
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi49.htm
これが日韓の感情的なもつれの根本的な要因であり、双方に摩擦を生み出す元となっているのだ。
韓国人はよく日本の歴史歪曲を指摘するが、実際は韓国で教えられる歴史こそが、そもそも歪曲と捏造に満ちたものだから話にならないのである。
近代史からの因縁の日韓の歴史の齟齬は「日本は朝鮮の独立を奪ったのか?」という点から始まる。
結論から言うが、奪ったも何も、
【元々朝鮮は中国歴代王朝の千年属国】であり、【主権】さえ認められていなかった国なのだ。
【日本が下関条約の第一条】で初めて【朝鮮の中国からの独立】を明記するまで、
【千年の長きに渡り朝鮮は、中国の属国】となっていた事実を、韓国人達は決して認めたがらない。
つまり
【日本が朝鮮を支那から独立させた】と言うことだ。
今回はその千年属国の真実を示すことで韓国人の歴史認識がいかに歪曲されたものであるかを証明したい。
朝鮮の歴史を紐解くと、
【初期の高麗朝を除きほぼ全てに渡って中国歴代王朝の属国】としての地位に甘んじてきた。
つまり日本が朝鮮を支那から独立させるまで【支那の属国であった】ということだ。
その有様は、
● 事大主義(小国が大国に媚びへつらって生きていく主義)に代表されるように千年属国朝鮮の悲惨な姿を現している。
しかしながら当の朝鮮は事大主義に生きることを選択し、それを誇りとしているのだから何をかいわんやである。
朝鮮の
この事大主義は、時には何と
【朝貢を受ける中国王朝の方が、迷惑がる事もあった。】
さらに朝鮮の事大主義は益々エスカレートしていく。
【さすが属国朝鮮は宗司国支那に国名前を支那に決めてもらった。】
高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は、王位につくやすぐさま、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている。この時、
●李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許されている。
世界史の中で様々な国が存在するが、
●【他国に自国の国号を決めて貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ一カ国】である。
さて、韓国人が誇るものの中に
●「東方礼儀の国(邦)」とういう朝鮮を指し示す言葉がある。
この言葉の本当の意味を知っている韓国人は少ないのだが、
これは
【中国王朝から朝鮮へ贈られた言葉である。】
●「東方礼儀の国(邦)」直訳すれば「中国の属国として礼節を尽くした国」という意味なのだが、この意味を韓国人は全く理解していないのが、皮肉である。
中国皇帝によって任命され、中国の朝廷は朝鮮の王妃や王太子の廃立に至るまで、その権限を振るうことが出来たのである。
当時、
● 朝鮮を実質的に指揮監督していたのは、中国王朝の北洋大臣や直隷総督などである。
つまり国王というのは形ばかりのものであって、決して主権国家の元首として扱われていたのではないのである。
さらに朝鮮国王の中国王朝からの使節の出迎えは余りにも屈辱的である。
●満州人の使節が来ると、
【朝鮮国王は自ら高官を引き連れて【迎恩門】まで歓迎に赴いて、地面にひざまずいて使節に敬意を表し、宴会を催し、芸を披露して接待しなければならなかった。】
王太子は慕華館(迎賓館)で使節に酌の礼をするのが最大の役目だった。
この【迎恩門】も日本が支那から独立させたときに朝鮮が取り払った。
【迎恩門】
http://www.he.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/photo/seoul/geionmon_01.html
【迎恩門】この後には独立門「支那から独立した記念の門」
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/column/seoul/archive/news/2005/20050428org00m030117000c.html
属国の証拠
http://www.geocities.jp/savejapan2000/korea/k089.html
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