Re: 731部隊について
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2009/07/24 20:45 投稿番号: [4428 / 28555]
>今やご老人であるそういう方々の発言を嘘つき呼ばわりは日本人として恥ずべきことですよ。
この老人の証言に批判などは無いのですよね、あなたの場合はね。
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一月二十日(火)「南京」月報
〈前略〉以前、テレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ」で「南京大虐殺」体験者として出演した老兵士の「証言」があった。その方は(Aさんとしておく)司会の田原総一朗氏から質問を受け、南京での残虐行為を「証言」していた(記録を私たちは持っている)人物である。
しかし、私たちの調査では、Aさんは南京攻略戦のあった昭和十二年十二月十三日には軍隊にまだ入っておらず、翌年の昭和十三年六月、呉市にあった海兵団に入団し、約半年の訓練後、志願兵として海軍に入ったことが分かっていた。私たちはこの「嘘」を暴くことこそ、南京大虐殺なる歴史の捏造キャンペーンを暴く一環になるものと意気込んでいた。ただ、Aさんを嘘つき呼ばわりして責めたいと思わなかったので、「百年後の子孫のために、客観的な事実を未来に残したいと思っています、だから正直に事実を話してください」と真正面から真剣にお願いした。
Aさんは最初こそ戸惑っている様子だったが、私たちが調査した彼の軍歴表を示すと、南京陥落から一年以上後に南京付近の揚子江を通ったことを認め、素直に自分が「南京攻略戦」に直接関わっておらず、漢口へ行く途中であったことを認めた。それも夏服姿だったということである。彼が見たのは、航行中に揚子江沿岸で射殺される便衣兵たちと朝方に川面に浮かぶ二十体ほどの死体だった。揚子江沿いの地域では、ずっと国民党軍との戦いが続いていたから、戦争ではよくあることである。間違いないのは「南京大虐殺」と全く無関係だったということだ。Aさんは、逆に、銃撃で腕に怪我をしたとき、川沿いの村人が手当てをしてくれた親日エピソードまで話してくれた。雑談の中で軍隊時代がいかに楽しかったかも話してくれた。
「朝まで生テレビ」証言の偽りが明らかに出来たのは良かったが、このギャップは一体何だろうと、「朝まで生テレビ」では、なぜ本当の事実が伝わらなかったのかを穏やかに聞いた。「田原さんがそれ以上しゃべらせてくれんかったですよ。もっと話すことはあったのに」。その弁解が哀しかった。Aさんは戦後ずっと南方各地の遺骨収集を続けてきた。厚生省の役人が戦前の軍や兵士を理解せぬまま遺骨収集事業に関わり、収集現場ではいろいろ苦労したらしい。それが八十八歳となった現在、体力も衰え、ほとんど一人暮らしに近い寂しい生活を送っている。寒い季節の撮影の中、その孤独がひしひしと伝わってくるような気がした。
吉本隆明氏の「転向論」だったか、人は国家権力などの暴力や弾圧で心を変えるのではない、世界=大衆からの「孤立」が人間を変えるのだと指摘した文章が記憶に残っている。
〈中略〉世界からの「孤立」が人と思想を変え、ある時は自殺までも生む…。Aさんを見ていると、その「偽証言」が戦後社会からの孤立感から来ているように思われた。だからこそ、戦後、遺骨収集を始めたのだろう。戦後の日本社会には軍隊と軍人は悪であるとの共通認識が蔓延しており、生き残った一部の軍人達は、その「孤立」を脱しようと、日本国民の多くがそうだったように、過去を否定し、自らが「戦争被害者」となり、軍隊時代を告発する「反戦平和の徒」として「転向」したのである。日本のマスメディア自身が、まさにその「転向」組織そのものであり、「朝まで生テレビ」はその代表である。Aさんの「偽証」は、戦後日本社会との折り合いをつけ、「孤立」を脱するための「証言」だったのである。
http://
kukkuri.
jpn.
org/boyakikukkuri2/log/eid652.
html
この老人の証言に批判などは無いのですよね、あなたの場合はね。
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一月二十日(火)「南京」月報
〈前略〉以前、テレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ」で「南京大虐殺」体験者として出演した老兵士の「証言」があった。その方は(Aさんとしておく)司会の田原総一朗氏から質問を受け、南京での残虐行為を「証言」していた(記録を私たちは持っている)人物である。
しかし、私たちの調査では、Aさんは南京攻略戦のあった昭和十二年十二月十三日には軍隊にまだ入っておらず、翌年の昭和十三年六月、呉市にあった海兵団に入団し、約半年の訓練後、志願兵として海軍に入ったことが分かっていた。私たちはこの「嘘」を暴くことこそ、南京大虐殺なる歴史の捏造キャンペーンを暴く一環になるものと意気込んでいた。ただ、Aさんを嘘つき呼ばわりして責めたいと思わなかったので、「百年後の子孫のために、客観的な事実を未来に残したいと思っています、だから正直に事実を話してください」と真正面から真剣にお願いした。
Aさんは最初こそ戸惑っている様子だったが、私たちが調査した彼の軍歴表を示すと、南京陥落から一年以上後に南京付近の揚子江を通ったことを認め、素直に自分が「南京攻略戦」に直接関わっておらず、漢口へ行く途中であったことを認めた。それも夏服姿だったということである。彼が見たのは、航行中に揚子江沿岸で射殺される便衣兵たちと朝方に川面に浮かぶ二十体ほどの死体だった。揚子江沿いの地域では、ずっと国民党軍との戦いが続いていたから、戦争ではよくあることである。間違いないのは「南京大虐殺」と全く無関係だったということだ。Aさんは、逆に、銃撃で腕に怪我をしたとき、川沿いの村人が手当てをしてくれた親日エピソードまで話してくれた。雑談の中で軍隊時代がいかに楽しかったかも話してくれた。
「朝まで生テレビ」証言の偽りが明らかに出来たのは良かったが、このギャップは一体何だろうと、「朝まで生テレビ」では、なぜ本当の事実が伝わらなかったのかを穏やかに聞いた。「田原さんがそれ以上しゃべらせてくれんかったですよ。もっと話すことはあったのに」。その弁解が哀しかった。Aさんは戦後ずっと南方各地の遺骨収集を続けてきた。厚生省の役人が戦前の軍や兵士を理解せぬまま遺骨収集事業に関わり、収集現場ではいろいろ苦労したらしい。それが八十八歳となった現在、体力も衰え、ほとんど一人暮らしに近い寂しい生活を送っている。寒い季節の撮影の中、その孤独がひしひしと伝わってくるような気がした。
吉本隆明氏の「転向論」だったか、人は国家権力などの暴力や弾圧で心を変えるのではない、世界=大衆からの「孤立」が人間を変えるのだと指摘した文章が記憶に残っている。
〈中略〉世界からの「孤立」が人と思想を変え、ある時は自殺までも生む…。Aさんを見ていると、その「偽証言」が戦後社会からの孤立感から来ているように思われた。だからこそ、戦後、遺骨収集を始めたのだろう。戦後の日本社会には軍隊と軍人は悪であるとの共通認識が蔓延しており、生き残った一部の軍人達は、その「孤立」を脱しようと、日本国民の多くがそうだったように、過去を否定し、自らが「戦争被害者」となり、軍隊時代を告発する「反戦平和の徒」として「転向」したのである。日本のマスメディア自身が、まさにその「転向」組織そのものであり、「朝まで生テレビ」はその代表である。Aさんの「偽証」は、戦後日本社会との折り合いをつけ、「孤立」を脱するための「証言」だったのである。
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これは メッセージ 4421 (astradgirlberto さん)への返信です.
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