Re: 共産党を
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/06/25 06:48 投稿番号: [3624 / 28555]
支持する人は読むべきだね。
(1)、日本共産党と朝鮮労働党との共産主義友党関係も、同時に正常化する。その上で、日本共産党は、日本政府が国交正常化交渉を、「無条件」で、直ちに開始せよという日本国内キャンペーンを、分担・展開する。拉致問題については、意識的に取り上げない。
(2)、中国共産党は、朝鮮労働党・金正日にたいして、日本政府との国交正常化交渉を開始するよう働きかける。
(3)、日本共産党は、とりあえず、朝鮮労働党の日本出先機関である朝鮮総連との関係を回復し、それを通じて、実質的な朝鮮労働党との水面下関係を回復する。
(4)、日本共産党内部において、北朝鮮批判をしたり、北朝鮮拉致事件を追求しているような党員・国会議員秘書を排除する。『邪魔者は殺せ』というのは、レーニン型共産主義運動の鉄則である。具体的には、元ピョンヤン赤旗特派員萩原遼と、国会議員秘書兵本達吉の2人である。
(5)、日本の国会質問、「赤旗」記事などでは、「前提条件を付けずに、まず日朝国交回復をせよ」と主張する。その真意は、拉致事件の解決と現在時価1兆円の金正日体制支援の経済援助とを同列に置くことである。それは、身代金要求誘拐犯罪国家・金正日にたいして、1兆円の身代金を日本政府が、事前に払うべきという金正日体制救援の主張である。
(6)、「拉致問題の解決なくして、国交正常化はありえない」というような優先順位をつけた保守反動の世論とたたかう。
(7)、「北朝鮮バッシング」「家族会の横暴」との世論を喚起し、それに同調するマスコミ・学者と、ひそかに連帯する。
1998年6月3日〜8月10日、橋本参議院議員秘書兵本達吉にたいする5回・20時間査問と除名
1998年6月21日、日中両党正常化合意が成立していた。1998年7月21日、不破哲三と江沢民との共産主義友党関係正常化宣言は、最後の手打ち式である。兵本達吉査問と除名は、日中朝3党合意に基づく、共産主義的な『邪魔者は殺せ』式の国際的謀略犯罪の一つだった。除名理由などは、いくらでもでっち上げることができる。このような見方は、私の、コミンテルン・コミンフォルムにおける国際的な数十万人粛清・大量殺人犯罪データの認識や、私自身の除名理由でっち上げ内容に基づいている。
1999年1月と11月、不破哲三の国会質問とその論旨
これこそ、日中朝3党合意に基づく、「前提条件をつけずに、日朝正常化交渉を開始せよ」とした要求だった。その本音は、北朝鮮社会主義を救え(=金正日に早く100億ドルを渡せ!)という論旨である。不破哲三は、国内世論の「拉致問題の完全解決なしに、日朝国交正常化はありえない」とする前提条件つき世論を、保守反動的意見としてたたかった。1億261万有権者にたいして、どちらの主張を採るのかと選択を迫った。
2000年4月、元赤旗外信部副部長萩原遼の『朝鮮と私、旅のノート』出版を規律違反とした査問
党中央は、出版行為と内容を規律違反として、何回も査問した。北朝鮮批判と日本共産党問題を書いて、「文春文庫」で出版したことを反党的規律違反ときめつけた。この査問事実は、『さざ波通信』掲示板にも出ている。ただ、党中央は、彼を規約上の処分にしなかった。無処分の理由は不明である。彼は、今も、現役の共産党員である。
これ以前の1988年12月、赤旗編集局長は、当時赤旗外信部副部長・元ピョンヤン赤旗特派員の萩原遼を突然、解任・更迭した。彼が、解任理由を問い質すと、編集局長は、「解任理由を言えない。とにかく更迭だ」と通告した。彼は、怒って、その場で、赤旗記者を辞め、アメリカに渡って、評価の高い『朝鮮戦争、金日成とマッカーサーの陰謀』(1993年、文芸春秋社、13万部発行)を出版した。ただし、更迭理由告知を拒否するという異様なやり方の背景は、不明である。その通告ルートから見ると、そこに、宮本顕治か不破哲三による解任・更迭指令があったことは、間違いない。その後、不破哲三は、萩原遼を朝鮮総連批判で除籍した。
(1)、日本共産党と朝鮮労働党との共産主義友党関係も、同時に正常化する。その上で、日本共産党は、日本政府が国交正常化交渉を、「無条件」で、直ちに開始せよという日本国内キャンペーンを、分担・展開する。拉致問題については、意識的に取り上げない。
(2)、中国共産党は、朝鮮労働党・金正日にたいして、日本政府との国交正常化交渉を開始するよう働きかける。
(3)、日本共産党は、とりあえず、朝鮮労働党の日本出先機関である朝鮮総連との関係を回復し、それを通じて、実質的な朝鮮労働党との水面下関係を回復する。
(4)、日本共産党内部において、北朝鮮批判をしたり、北朝鮮拉致事件を追求しているような党員・国会議員秘書を排除する。『邪魔者は殺せ』というのは、レーニン型共産主義運動の鉄則である。具体的には、元ピョンヤン赤旗特派員萩原遼と、国会議員秘書兵本達吉の2人である。
(5)、日本の国会質問、「赤旗」記事などでは、「前提条件を付けずに、まず日朝国交回復をせよ」と主張する。その真意は、拉致事件の解決と現在時価1兆円の金正日体制支援の経済援助とを同列に置くことである。それは、身代金要求誘拐犯罪国家・金正日にたいして、1兆円の身代金を日本政府が、事前に払うべきという金正日体制救援の主張である。
(6)、「拉致問題の解決なくして、国交正常化はありえない」というような優先順位をつけた保守反動の世論とたたかう。
(7)、「北朝鮮バッシング」「家族会の横暴」との世論を喚起し、それに同調するマスコミ・学者と、ひそかに連帯する。
1998年6月3日〜8月10日、橋本参議院議員秘書兵本達吉にたいする5回・20時間査問と除名
1998年6月21日、日中両党正常化合意が成立していた。1998年7月21日、不破哲三と江沢民との共産主義友党関係正常化宣言は、最後の手打ち式である。兵本達吉査問と除名は、日中朝3党合意に基づく、共産主義的な『邪魔者は殺せ』式の国際的謀略犯罪の一つだった。除名理由などは、いくらでもでっち上げることができる。このような見方は、私の、コミンテルン・コミンフォルムにおける国際的な数十万人粛清・大量殺人犯罪データの認識や、私自身の除名理由でっち上げ内容に基づいている。
1999年1月と11月、不破哲三の国会質問とその論旨
これこそ、日中朝3党合意に基づく、「前提条件をつけずに、日朝正常化交渉を開始せよ」とした要求だった。その本音は、北朝鮮社会主義を救え(=金正日に早く100億ドルを渡せ!)という論旨である。不破哲三は、国内世論の「拉致問題の完全解決なしに、日朝国交正常化はありえない」とする前提条件つき世論を、保守反動的意見としてたたかった。1億261万有権者にたいして、どちらの主張を採るのかと選択を迫った。
2000年4月、元赤旗外信部副部長萩原遼の『朝鮮と私、旅のノート』出版を規律違反とした査問
党中央は、出版行為と内容を規律違反として、何回も査問した。北朝鮮批判と日本共産党問題を書いて、「文春文庫」で出版したことを反党的規律違反ときめつけた。この査問事実は、『さざ波通信』掲示板にも出ている。ただ、党中央は、彼を規約上の処分にしなかった。無処分の理由は不明である。彼は、今も、現役の共産党員である。
これ以前の1988年12月、赤旗編集局長は、当時赤旗外信部副部長・元ピョンヤン赤旗特派員の萩原遼を突然、解任・更迭した。彼が、解任理由を問い質すと、編集局長は、「解任理由を言えない。とにかく更迭だ」と通告した。彼は、怒って、その場で、赤旗記者を辞め、アメリカに渡って、評価の高い『朝鮮戦争、金日成とマッカーサーの陰謀』(1993年、文芸春秋社、13万部発行)を出版した。ただし、更迭理由告知を拒否するという異様なやり方の背景は、不明である。その通告ルートから見ると、そこに、宮本顕治か不破哲三による解任・更迭指令があったことは、間違いない。その後、不破哲三は、萩原遼を朝鮮総連批判で除籍した。
これは メッセージ 3611 (xenogenousid さん)への返信です.
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