海軍でも餓死・戦病死は有る
投稿者: nemuronosannma 投稿日時: 2011/08/17 22:28 投稿番号: [19656 / 28555]
中部太平洋トラック島とパラオ島のちょうど中間にあるメレヨン島(ウォレアイ島)と言う島がある。ここに、海軍は、コンクリ−ト舗装の滑走路を持つ飛行場を建設した。
メレヨン駐留部隊は、陸軍が北村勝三少将を長とする独立混成第50旅団の3205人、海軍は宮田嘉信大佐が司令を兼ねた第44警備隊と第216設営隊を中心に3221人、合計6426人の守備隊を構成した。
しかし、連合軍のペリリュー攻略以来補給が絶え、孤島の珊瑚礁で自活のための農耕さえままならず、とてもこれだけの人員が食べていく方法が無かった。
敵にも味方にも見捨てられたこの島は、終戦時に生き残って日本の土を踏んだものは、軍786人、海軍840人、合計わずか1626人、死亡率、実に75%であった。陸海軍合計で約4.800人が死亡したことになる。
空襲等による戦死者は、307人(死者の7%弱)であったが、栄養失調、伝染病等に倒れた死者は、4493人(死者の93%)にも達した。
海軍には、終戦に近い頃、約10万の陸戦隊がおり、上陸作戦や場合によってはパラシュート降下も行われ、太平洋の激戦の守備等にあった。また、陸戦隊と共に島嶼部の守備隊や空港等の維持を行っていた兵員も含めて地上戦に投入された例も多い。上記はその一例である。特にマリアナ諸島では重装備を含んだ4万名以上の守備隊が投入され、陸軍と運命を共にしたり、独自の行動を行った。
これらの事を勘案すると、海軍の兵士と言えども、餓死や戦病死と無縁だったと言うのは早計と思われる。
最後に、サンプル調査の方法が、陸海軍を問わず行われて、それを類似戦闘地域・種別等に当てはめるのなら、当てはめれれる側も陸海問わないのが合理的的だろう。
これは メッセージ 1 (medulllary さん)への返信です.
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