中国の問題

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

満州傀儡国家と阿片(まとめ)

投稿者: nemuronosannma 投稿日時: 2011/07/21 16:06 投稿番号: [18719 / 28555]
  満洲傀儡国家と阿片の関係についてもう少し考えてきたい。

  中国大陸と阿片の関わりはかなり古く、初め阿片の起源であるケシは生薬の一つとして位置づけられていたようで、阿片として生成された麻薬が使われるようになっても、清朝以前は、それほど一般大衆に浸透してはいなかったようだ。それが、多くの人々の悪癖として広まったのは、やはり阿片戦争のころである。阿片戦争は、多くの人が知るように、英国が対清貿易赤字を解消する手立てとして阿片を使うようになり、それに抵抗する清国との対立が武力衝突を招いてしまったものだ。清国の主張に正当性があり、英国議会にも開戦を躊躇する動きがあったが、結局の処、戦争となり、清国は破れてしまう。この後、清国は流入する阿片に悩ませられる事になるが、あろう事か、清国自身がケシの国内栽培を奨励するようになってしまう。

  そんな事もあって、阿片戦争以降に中国大陸では、「阿片は儲かる」と言う図式が出来上がってしまう。それを知る満洲の事実上の為政者である関東軍や所謂特務機関もそれを利用する。一方、北洋軍閥も中華民国も阿片を資源や産業として位置づけ、その悪癖を絶てない。特に蒋介石の婦人宋美齢の一族・宋家(浙江財閥)もユダヤ資本と友好関係を持っておりそのユダヤ資本のサッスーン財閥こそ阿片で巨万の富を得ていた。蒋介石の国民党も阿片漬の政権であった。

  関東軍は満洲において阿片を禁制品とし、同時に専売としてその利益の独占を図ろうとした。禁制と専売は相反するように思えるが、禁制として私的な取引を禁じ、同時に中毒者の阿片から離脱を容易にするため少量の使用を認める事を口実に生産や販売を続けるという事であった。そこで活躍したのが満洲の阿片王と異名をとった里見甫である。里見は三井物産や興亜院の手で作られた宏済善堂を使い、更に中国の「黒社会」や財閥系の特務機関・昭和通商と連携して里見機関と言う組織を作り上げた。阿片売買の利益は関東軍や汪兆銘傀儡政権に渡ったが、一部では蒋介石政権とも取引が行われていたと言うから驚きである。(※中国共産党も阿片とは無縁では無く、革命後に厳しく取り締まったが、戦時中は戦費獲得の為に利用していたようだ)

  関東軍支配地域における阿片の生産は活発であったがその品質はあまり良くなく、満洲事変に於いて行われた熱河作戦は良質な阿片の争奪作戦とも言われている。また、里見機関は満洲や海南島の生産地だけでは間に合わなくなると、遠くペルシャからの輸入にも手を出す。それぞれがそれぞれの陣地で阿片を利用した処が日中戦争の特長でもあった。

  さて、権力者による阿片の利用が敵味方双方ともしていたからと言って許されるものではない。国民党と共産党の阿片問題は国内問題である。満洲を王道楽土の地にしようと言っていた関東軍や大日本帝国が満洲に於いて、阿片を使い、中国人俘虜に対しては生体実験を行い、日本人移民の為に先住者から土地を奪い、労働力として狩りだす方法は、決して容認されるものではない。

  大日本帝国によって作られた満洲傀儡国家は、実質十七年の短い期間で終わりを迎えるが、本当の意味での傀儡国家であった期間さえそれより短いと言えるだろう。石原・板垣らの関東軍が独立国家満洲国を建国しようとした当時は、あまりに独善的としか言いようは無いが一定の「大義」は有ったようだが、関東軍主導による「内面的指導」に始まり、多くの官僚や企業が大挙して満洲にやって来てからは「オールジャパン」による実質統治となった。特に、司法に関わる役所(最高法院・最高検察庁)の日系官吏の割合は80%を超え、治外法権の撤廃など日本にとって満州国支配の何の障害にもならなかった。

  そして、首相となった東条は「大東亜共栄圏に外交問題は無い」と主張し、傀儡政権と本国の同一化を図ってゆく。それを思えば、満州傀儡国家も12〜3年の実体と言えるのかも知れない。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)