『最後の言い訳』
投稿者: syarnokecool 投稿日時: 2011/05/07 21:43 投稿番号: [17042 / 28555]
日本と韓国の関係を見ていると徳永の歌『最後の言い訳』を思い出す。
『いちばん近くにいても
いちばん判り合えない』
判り合えないのはどっちに責任があるかは十人十色で平行線を辿る。
私は日本の方が判り合おうと努力したけど韓国の方ががそれを拒んだと思っている。
(拒んだというのは積極的ではなく日本人を不快にさせる態度でという意味だよ)
在日の友人はどれもウマが合い彼らが集まる大久保は私の好きな街でもある。
そして集まった時は喧嘩覚悟でお互い好きなことを言い合うようにしている。
ムカついて「二度と会うもんか」と思っても不思議とまた会ってしまう。
2年ほど前かその友人の父親の肩の手術を担当したことがある。
肩が痛いと訴えて「鉄板の持ち過ぎだろう」とからかわれていたらとうとう上がらなくなった。
肩関節FLEXで最大90度だからこれはもう限界だろうと友人が紹介してくれた。
MRIで腱板の高輝度領域がはっきり読影できよく我慢していたと恐れ入ったほど。
退院の際無理をしないようにと話していたが1週間後に鉄板を持っていたと友人から聞いた。
こりない親父さんだ。
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