人食い孔子の国・支那では人食いが美談
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2011/01/09 00:12 投稿番号: [14954 / 28555]
世界四大文明発祥の地ということで、日本人は異常に支那を崇めますが、実態は酷いものですが、その酷さを日本人は肝に銘じておく必要があります。
新井白石に敬意を表して支那(チャイナ)とした。
例えば支那には、殷の時代から文化大革命まで人食いの事例が数限りなく無尽蔵にあります。
孔子も人食いですが、支那では聖人と崇められますから、一般庶民の支那人・漢人に倫理や人間性を求めるのは、魚屋で野菜を求めるのと同じです。
それで日本は、約1200年の間、支那大陸を支配する正当な政権と正式な国交を結んだことがなく、正式な国交の期間は高々百数十年でしかない。この歴史的な事実は、古来からの日本人の英知・知恵を示すものでしょう。
日本でも有名な三国志・劉備の逸話等においても「人食いを大変な美談」としておりますが、更に支那では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせることが孝行であるとされている。このように、世界中で人食いを美談とするのは支那人・漢人だけです。
文部科学省推薦の優良図書でもある水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。
支那人は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」、子守唄のように聞いて育った人々です。このような支那人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。
支那の諺として有名なものに「支那人・漢人は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の支那の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
学者は信用なら無いという見本ですが、坊主はもっといけません。
人肉の値段も子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)の順で安くなるそうです。支那人は、人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。
漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉の薬効が記されていますが、支那の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないでしょう。
当時の支那人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていた。
さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる支那人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。
追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。
また孔子の頃の諸国の王は「人食いが大好きです」が、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、それは人肉に間違いないでしょう。
このように孔子は人食いだと言うと非難する人が居ましたが、孔子の周りの皆が人食いなのに孔子だけが人食いで無かった、、、そんな性質の悪い冗談は止めてくれ。
ところで支那が世界各地に開講している孔子学院では、人肉の捌き方や人肉の調理方法、特に美味しい人肉「ししびしお」の作り方でも教えるのでしょうかね。流石です、人食い料理が盛んな支那は一味違う、、、、笑
新井白石に敬意を表して支那(チャイナ)とした。
例えば支那には、殷の時代から文化大革命まで人食いの事例が数限りなく無尽蔵にあります。
孔子も人食いですが、支那では聖人と崇められますから、一般庶民の支那人・漢人に倫理や人間性を求めるのは、魚屋で野菜を求めるのと同じです。
それで日本は、約1200年の間、支那大陸を支配する正当な政権と正式な国交を結んだことがなく、正式な国交の期間は高々百数十年でしかない。この歴史的な事実は、古来からの日本人の英知・知恵を示すものでしょう。
日本でも有名な三国志・劉備の逸話等においても「人食いを大変な美談」としておりますが、更に支那では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせることが孝行であるとされている。このように、世界中で人食いを美談とするのは支那人・漢人だけです。
文部科学省推薦の優良図書でもある水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。
支那人は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」、子守唄のように聞いて育った人々です。このような支那人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。
支那の諺として有名なものに「支那人・漢人は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の支那の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
学者は信用なら無いという見本ですが、坊主はもっといけません。
人肉の値段も子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)の順で安くなるそうです。支那人は、人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。
漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉の薬効が記されていますが、支那の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないでしょう。
当時の支那人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていた。
さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる支那人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。
追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。
また孔子の頃の諸国の王は「人食いが大好きです」が、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、それは人肉に間違いないでしょう。
このように孔子は人食いだと言うと非難する人が居ましたが、孔子の周りの皆が人食いなのに孔子だけが人食いで無かった、、、そんな性質の悪い冗談は止めてくれ。
ところで支那が世界各地に開講している孔子学院では、人肉の捌き方や人肉の調理方法、特に美味しい人肉「ししびしお」の作り方でも教えるのでしょうかね。流石です、人食い料理が盛んな支那は一味違う、、、、笑
これは メッセージ 14911 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
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