中華人民共和国崩壊!

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人食い人種、支那人の mengwei75813 君。

投稿者: f3nasa 投稿日時: 2003/07/08 06:50 投稿番号: [461 / 9280]
msg459 でも確認されるように mengwei75813 君は支那人にしてはなかなか日本語が上手な人ですが、少々見逃せない記述がありますね。


> 中国は世界統一するんだよ!崩壊なんかないぜい、


▲太公望を擁して殷王朝を滅ぼし中華文明圏の宗主となった周が、後の幽王の時代に女性問題から国を傾けて洛陽に遷都したのが紀元前 770 年。その頃になると統一王朝としての力は周には既に無く、各地に封された王室一族と有力者が台頭してきて春秋時代を迎えます。当時、邯鄲を勢力範囲に含んでいた晋は周王室一族の家柄ですが、しかし晋の公室の力が衰えると范、知、中行、趙、韓、魏の六卿が力を持つようになり、まず范、中行が四氏により滅ぼされ、後に知氏が趙、韓、魏の謀略によって紀元前 453 年晋陽城水攻め戦で大敗し滅亡、約 50 年後、晋は残った趙、韓、魏の三国に分割され戦国時代が幕開けとなります。

▲邯鄲出身でありながら秦王となった政が趙を滅ぼし、七国に分かれていた支那を統一したのが紀元前 221 年。しかし始皇帝に溺愛されその後継者となった胡亥は暗愚で国は乱れ、紀元前 202 年漢の劉邦がそれに取って代わります。約 400 年の後、さすがの漢の力も衰えて黄巾の乱に象徴されるようにまたまた国は乱れて各地の有力者が名乗りを上げますがここからが曹操、劉備、孫権ら三国志の英雄が活躍する時代。204 年、曹操は袁家の支配地だった邯鄲の攻略に成功。彼自身は支那の統一をなし得ないまま亡くなりましたが、曹操の軍師だった司馬懿の孫、司馬炎が魏を乗っ取り孫権が建国した呉を滅ぼした 280 年、支那は統一国家となりました。

▲これで世の中は平和になるのかと思いきや、司馬炎の跡目を継いだ司馬衷が暗愚だったせいで各地に封された王族の反乱を招き国が乱れます。そんな支那の混乱を見て異民族が支那に侵入して十六もの国を建国、晋による支那統一は二十年ほどしか保ちませんでした。

支那の歴史はまだまだ続きますが、『久分必合、久合必分』こそが支那の宿命。

中華人民共和国の世界統一なんて『邯鄲夢』の幻、自己崩壊が関の山でしょう。
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