支那に台湾の領有権を主張する根拠なし
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/04/25 01:14 投稿番号: [3631 / 9280]
【台湾は支那の固有の領土なのか】
宋代に出た『華夷図』には海南島はあっても、台湾は描かれていない。
世界で最初に台湾を地図に描いたのはポルトガル人であった。
倭寇の時代、台湾は倭寇の巣窟と思われ、大陸では「遷界令」が敷かれ、大陸東南海岸の住民は、海から50里まで強制移住させられたことがあった。
17世紀初頭、明はオランダ人と澎湖群島を争い、やがて明の勧めでオランダ人は台湾を占領して台湾の歴史が始まった。
17世紀の中頃に倭寇のボス鄭成功がオランダ艦隊のマカオ遠征のスキをついて島の西南部を占領した。
その後、清朝は大陸攻撃の基地にならないようにするために台湾を禁断の島とし、満州、蒙古、回部、チベットと同じく、山禁海禁を敷いて漢人の移住を厳禁していた。
清の乾隆帝時代、1739年に完成した官定正史『明史』等には、【台湾が日本に属する】、あるいは倭寇の地であると書いてある。
有史以来、台湾が支那の一部となったのは1886年に清国の行政単位として省が設立されてから下関条約で日本に【永久割譲】するまでの約10年間のみで、しかも実効支配は西部平地など一部だけだった。
本当の意味で台湾全島が同一政権下に統一されたのは、日本に永久割譲された後である。
【台湾人は支那人なのか】
歴史統計学者の沈建徳氏の研究によれば、現在、台湾人の種族的構成は高山族(高砂族)や平埔族といった台湾原住民は、総人口の77.4%、漢人との混血16.8%、大陸からの移民5.8%。
沈建徳氏の統計方法は、オランダ時代以降の自然人口増加率を0.7%、1ヘクタールの耕地で3.3人を養えるという数字を基調として設定、歴代の台湾古典に記録されている戸数、人頭数、税収、政令の変化、清朝政府の腸姓、耕地の開拓拡大の歴史などから綿密な統計数字を算出したものだ。
また、馬偕病院輸血医学研究室の林媽利医師や日本赤十字会、東京大学などでHLAの共同研究が行われ、台湾のびん南系と客家系種族は、中国の漢人とは全く異なる種族であることが分かった。
高雄医学院精神内科の論文も、台湾人の血統は88%が漢族とは異なり、南方系人種に属していると述べている。
これは メッセージ 1 (the_super_strong_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/cf2zbfml16a6ob9qjx2ua1aa_1/3631.html