チベットが真に解放される日は来るか
投稿者: binsoo7 投稿日時: 2005/04/15 13:15 投稿番号: [3452 / 9280]
●1950年10月7日
4万の中国軍が東チベットに侵攻
毛沢東率いる中国共産党の理屈は「もともと中国の一部であるチベットが、ダライ・ラマ法王(当時16歳)や貴族や僧院による封建制度に支配されているのは許せない。人民を『解放』して『民主改革』を実現すべきだ」
●1956年〜 チベット人による抵抗が本格化
中国は、チベットのそれまでの社会の仕組みを人民解放軍による武力で破壊して、共産党による支配を進めた。熱心な仏教徒であるチベット人たちにとって大切な僧院を悪しき封建制度の代表とみなして、95%の僧院を破壊し、僧侶を還俗させ、経典を焼き仏像を持ち去った。「土地改革」と称してチベット人の土地を勝手に分配し、遊牧民から放牧地を取り上げて定住させようとした。もともと軍事力をもたないチベット人は山中にたてこもってゲリラ戦を展開した。
●1959年3月10日 ラサで大規模なデモが発生
ダライ・ラマ法王が中国軍の駐屯地での観劇に招待された。「護衛なしで」という条件がつけられたため、法王を誘拐から守るためにラサ市民が蜂起し、ノルブリンカ宮殿を取り囲んだ。その後、連日集会が開かれた。[これが3月10日]
●1959年3月17日 ダライ・ラマ法王、ラサを発ちインドに亡命
3月20日 中国軍がラサを砲撃。数千の死者が出た。法王の後を追って、10万人あまりのチベット人がインドへ逃れた。
●犠牲者は120万人
1949年から1979年の間に戦闘、拷問、強制労働、死刑、飢餓など、中国による侵攻が原因で亡くなったチベット人は120万人にのぼるという報告もある。
現在の問題
●思ったことが口にできない世界
例えば16歳の少年が「チベットに自由を」と叫んだだけで懲役3年の刑を受けて投獄されている。
●「宗教は毒」
僧侶の数は制限され、僧院には共産党の教育チーム(工作隊)が乗り込んで「ダライ・ラマを批判しろ」と思想教育を行なっている。
●見せかけだけの「自治」
チベットで実権を握っているのは中国人。チベット「自治区」の最高権力者である共産党書記をチベット人がつとめたことは一度もない。
●民族浄化
チベットには「発展を助ける」という名目で中国人が大量に移住している。チベット人の資源や食料や土地や仕事を奪い、生態系や環境を破壊し、チベット人が数のうえで少数派になりつつある。
●人権の侵害
このような状態に我慢できなくなって抗議のデモなどしようものなら、すぐに逮捕され、まともな裁判もなく投獄されたり、労働矯正キャンプに送られ、ひどい拷問を受けることになる。チベットで捕らわれている政治囚は600人にのぼると言われている。
●世界最年少の政治囚
ゲンドゥン・チュキ・ニマ少年が1996年以来、両親とともに「行方不明」となっている。ニマ少年は1995年、6歳のとき、ダライ・ラマ法王によってチベット第2の高僧パンチェン・ラマに認定された。ニマ少年は中国当局に捕らわれていると思われる。
非暴力と対話によるチベット問題の解決
チベットにはますます多くの中国人が流入し、チベット文化、そしてチベット人の存続をおびやかしている。人権状況もいっこうに改善される見込みがない。1999年には、確認されただけで2500人が危険をおかしてヒマラヤを越え難民となってインドに逃れた。
600万人しかいない、そして平和を愛する仏教徒であるチベット人が、中国に力で対抗するのは無理な話。チベット人たちは、非暴力主義によって、この問題を解決することを望んでいる。
チベットの指導者ダライ・ラマ法王は、亡命して以来40年間、国際社会にチベットの問題を訴え続けてきた。法王は中国に対して譲歩して「チベット独立」を要求するのをやめ、とにかく「対話を始めよう」と呼びかけてきた。その非暴力の戦いが評価され、ノーベル平和賞を受賞した。しかし、中国政府はいっこうに話し合いに応じようとしない。
アメリカをはじめ、世界各国の政府が中国政府に対して、ダライ・ラマ法王との対話を始めるように勧めている。中国に対して大きな影響力をもつ隣国である日本がその努力をしないのは、かなり恥ずかしいことではないか?
http://www.sftjapan.org/march10th.html
毛沢東率いる中国共産党の理屈は「もともと中国の一部であるチベットが、ダライ・ラマ法王(当時16歳)や貴族や僧院による封建制度に支配されているのは許せない。人民を『解放』して『民主改革』を実現すべきだ」
●1956年〜 チベット人による抵抗が本格化
中国は、チベットのそれまでの社会の仕組みを人民解放軍による武力で破壊して、共産党による支配を進めた。熱心な仏教徒であるチベット人たちにとって大切な僧院を悪しき封建制度の代表とみなして、95%の僧院を破壊し、僧侶を還俗させ、経典を焼き仏像を持ち去った。「土地改革」と称してチベット人の土地を勝手に分配し、遊牧民から放牧地を取り上げて定住させようとした。もともと軍事力をもたないチベット人は山中にたてこもってゲリラ戦を展開した。
●1959年3月10日 ラサで大規模なデモが発生
ダライ・ラマ法王が中国軍の駐屯地での観劇に招待された。「護衛なしで」という条件がつけられたため、法王を誘拐から守るためにラサ市民が蜂起し、ノルブリンカ宮殿を取り囲んだ。その後、連日集会が開かれた。[これが3月10日]
●1959年3月17日 ダライ・ラマ法王、ラサを発ちインドに亡命
3月20日 中国軍がラサを砲撃。数千の死者が出た。法王の後を追って、10万人あまりのチベット人がインドへ逃れた。
●犠牲者は120万人
1949年から1979年の間に戦闘、拷問、強制労働、死刑、飢餓など、中国による侵攻が原因で亡くなったチベット人は120万人にのぼるという報告もある。
現在の問題
●思ったことが口にできない世界
例えば16歳の少年が「チベットに自由を」と叫んだだけで懲役3年の刑を受けて投獄されている。
●「宗教は毒」
僧侶の数は制限され、僧院には共産党の教育チーム(工作隊)が乗り込んで「ダライ・ラマを批判しろ」と思想教育を行なっている。
●見せかけだけの「自治」
チベットで実権を握っているのは中国人。チベット「自治区」の最高権力者である共産党書記をチベット人がつとめたことは一度もない。
●民族浄化
チベットには「発展を助ける」という名目で中国人が大量に移住している。チベット人の資源や食料や土地や仕事を奪い、生態系や環境を破壊し、チベット人が数のうえで少数派になりつつある。
●人権の侵害
このような状態に我慢できなくなって抗議のデモなどしようものなら、すぐに逮捕され、まともな裁判もなく投獄されたり、労働矯正キャンプに送られ、ひどい拷問を受けることになる。チベットで捕らわれている政治囚は600人にのぼると言われている。
●世界最年少の政治囚
ゲンドゥン・チュキ・ニマ少年が1996年以来、両親とともに「行方不明」となっている。ニマ少年は1995年、6歳のとき、ダライ・ラマ法王によってチベット第2の高僧パンチェン・ラマに認定された。ニマ少年は中国当局に捕らわれていると思われる。
非暴力と対話によるチベット問題の解決
チベットにはますます多くの中国人が流入し、チベット文化、そしてチベット人の存続をおびやかしている。人権状況もいっこうに改善される見込みがない。1999年には、確認されただけで2500人が危険をおかしてヒマラヤを越え難民となってインドに逃れた。
600万人しかいない、そして平和を愛する仏教徒であるチベット人が、中国に力で対抗するのは無理な話。チベット人たちは、非暴力主義によって、この問題を解決することを望んでいる。
チベットの指導者ダライ・ラマ法王は、亡命して以来40年間、国際社会にチベットの問題を訴え続けてきた。法王は中国に対して譲歩して「チベット独立」を要求するのをやめ、とにかく「対話を始めよう」と呼びかけてきた。その非暴力の戦いが評価され、ノーベル平和賞を受賞した。しかし、中国政府はいっこうに話し合いに応じようとしない。
アメリカをはじめ、世界各国の政府が中国政府に対して、ダライ・ラマ法王との対話を始めるように勧めている。中国に対して大きな影響力をもつ隣国である日本がその努力をしないのは、かなり恥ずかしいことではないか?
http://www.sftjapan.org/march10th.html
これは メッセージ 1 (the_super_strong_aikokusya さん)への返信です.
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