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共産党統治の正当性と靖国

投稿者: jyoui 投稿日時: 2004/04/03 15:58 投稿番号: [2280 / 9280]
現在の中国の国史では、中国共産党が日本軍と国土戦を戦い勝利したことになってるらしいが、現実に膨大な犠牲を出しながら日本軍と戦ったのは国民党軍であり、紅軍が主戦場としていた北支方面は、ビルマ(援蒋ルート)侵攻作戦や重慶への進撃、大陸打通作戦の正面となった中支や南支と異なり日本軍にとって、1942年初頭から1944年末までは治安維持程度で、大部隊の配置も必要なく平穏無事な状態だった。
共産党軍は終戦のどさくさでソ連軍軍政下の満州や北支での勢力拡張と占領により、支配地域基盤を作り上げ、国民党との内戦に勝利し中国における共産党政権樹立と言う果実を手に入れた臆病者で卑怯者だ。

命がけで戦う強い敵とは、時に対戦者に尊敬の念すら抱かせるものである。
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ニミッツ元帥のペリュリュウ島の碑文
「この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ
日本の国をよぎることがあらば伝えよかし
この島を全員死して守った将兵の勇気と祖国を思う心根を」

硫黄島のすり鉢山に星条旗をたてる海兵隊員の姿を写した記録映画は、実は五回目の星条旗たてを写した映画であったことは有名な事実(最初に星条旗を立てた海兵隊員を掃討し、日章旗をたて、それを掃討して星条旗を立て、これが三回ずつ行われる激戦で四回目に立てた星条旗を倒せずに日本軍は力尽きた。この四回目の星条旗をたてる姿を撮影用に再現=五回目し記録したのが現在のフイルムに残ってる。)

終戦直前に船団護衛任務についていた旧式駆逐艦=神風がシンガポール沖で雷撃を受け、この一撃を回避の後にソナーで敵潜水艦を確認し攻撃に移る、激闘六時間後に爆雷攻撃にて撃沈する。
終戦直後にGHQに呼び出された元神風の艦長は、終戦直前の護衛戦の詳報の提示を求められ戸惑う(BC級戦犯訴追の最中)が、GHQより当時の潜水艦が撃沈では無く大破で生還したことを聞き、相互戦闘行動確認の為の技術的な事項であるので、との話で後日事件経過も詳しい戦闘詳報をまとめ、提出した。
後日、神風の副官をしたいた方が海自練習艦隊司令として遠洋航海訓練でサンデェゴ
に寄航した時に、元神風艦長から託された自筆の絵画を、米海軍司令部を通じて元潜水艦艦長へ届けるよう要請し帰国。
それから何年も経って元神風艦長の元に米国から手紙と写真が届けられた。
文面には「・・・あの灰燼のなかから、今日の驚異的繁栄を築きあげた日本は驚嘆に値し、あなたがた日本人には誇らしいことでありましょう。
さて、次の戦いにおいては、私たちはあなた達と同じ側で戦える事を心強く思います・・・」と海軍退役時の写真が同封されてたいそうです。


数年前、台北で日中戦争当時対戦したパイロットが再会した記事が載っていました。
漢口上空での戦闘で、当時新鋭のゼロ戦に旧式のイ15で攻撃を仕掛け撃墜された搭乗員と撃墜した搭乗員の再会の話でした。
元中国空軍の搭乗員は「なぜ、あの不時着した後に機銃掃射をせず、バンク(翼を振る)して帰還したのか?」
元日本海軍の搭乗員は「あの旧式のイ15で果敢に攻撃をしかけた、その技量と勇気に感服しました。地上での機銃掃射などできなかった。」
互いに個人的恨みなども無いのに殺しあわねばならなかった嫌な時代だったが、それを互いに生き延び会えたことに喜びを感じます。
もう二度とあのような時代がこないように、互いに努力し、今後も連絡しあいましょう、と再会を誓い合った、と言う内容でした。
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戦っていない中国共産党が「日本と戦った。共産党が中国を守った」と宣伝したいのだろう。
卑怯者ほど大声で言い訳をするのだろうね。
現実に中華民国軍人や米国軍人や英国軍人も靖国参拝をしてるが、共産党だけは「やめろ」と主張してるね。
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