まあ、偏見だね。
投稿者: iu_iu_iu_iu 投稿日時: 2001/10/15 05:38 投稿番号: [95678 / 177456]
例としては不適当だったかも。
ただ、政治主義的イスラムがヒューマニズムと相容れない行動を取りがちだというのは、事実としてはあるはずです。
政治と一体化することを望んでいること、カトリックのような明確な中心を持たないことは、現状のように一部の過激分子が全体の意志をのっとってしまう契機が極端に多いことを意味します。
オサマがファトワを連発して、しかもそれが通用していることからもわかるとおり。
しかし、それだけの理由で原理主義を排除する事は、ヒューマニズムから言っても適当でないかもしれない。そうだとすると、当分の間(おそらくは数十年、数百年にわたって)テロが散発することはさけられないし、避けるべきでもないと言うことになりますね。
ぼくは、原理主義の側が変わらなければ、現状のままの原理主義を国際社会が受け入れ続けることは困難だと思うのですが。
>これはさっきおっしゃってた「テロへの
備え」とはニュアンスが違うと思うんですが。>
と言うご指摘は、
これは完全な誤解です。余裕を持って備えるとは、準備を十分以上に行うという意味です。
余裕ぶっこいて怠けるというのでは、備えたことにはならない。多くの人が、目をつぶりさえすれば問題がなくなると信じていることは嘆かわしい限りです。
これは メッセージ 95671 (goolhunter007 さん)への返信です.
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