アメリカってこんな国3
投稿者: iazuukoyu 投稿日時: 2001/10/14 13:20 投稿番号: [94674 / 177456]
●ベトナム戦争
トンキン湾事件
アメリカはベトナムに本格的に介入するため、哨戒中の駆逐艦が北ベトナム軍に
攻撃されたとの自作自演をやった。昔からアメリカの手口は変りばえしない。
● 湾岸戦争
1
ラムゼイ・クラーク元米国務長官は、「湾岸戦争」という著書で「中東で戦争を望んでいたのはイラクではなく、米国だった。
つまり巨額な予算を維持したい国防総省、中東への武器販売と国内の軍事契約に依存する軍需産業、原油価格に対する支配力
強化と利益の増大を望む石油会社、ソ連の崩壊を米軍の中東常駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配により巨大な地政学的
勢力を二十一世紀に向け構築しようとするブッシュ政権だった」と暴露している。
2
湾岸戦争でイラクの民間人が20万人死んでも、アメリカは国民に公表してないらしい。
広島・長崎も50万死んでも、「民間人が死んだのはわずかだけ」だと子供に教える国だからな。
3
ベトナム戦争後遺症で武力行使に慎重だった米議会の姿勢を、イラクの暴行を泣いて訴えた少女の涙への
同情でひっくり返した。その少女は在米クェート大使の娘で戦争当時からアメリカにいたし、議会
で話した残虐行為も完全にデッチ上げだった。まるで映画「噂の真相」の世界だな。恐るべし…。
4
「イラク軍兵士による病院での乳児虐殺事件」はアメリカ政府の情報操作
イラクのクウェート侵攻直後、クウェート「難民」と称する少女が米国下院において主だった国際テレビ局の前で
「私は、クウェートから脱出してきたばかりです。私は、イラク兵が未熟児保育器から赤ちゃんを取り出し冷たい
床の上で死なせるのを見ました。」と証言。
しかし、この少女は、ワシントン駐在の駐米クウェート大使の娘であってもちろん湾岸危機の前後クウェートに
はいなかったのです。この証言は、米国大手広告代理店が事前にリハーサルをさせ出演させたものでまったくの
でっち上げであったのです。 NHK「だれが、世界を守るのか」から)
5,湾岸戦争後遺症
湾岸戦争に従軍した米兵数万人が、体のふかしぎな不調を訴え、子供が奇形になるなどの報告があいついでいます。これは米兵士にさえ危険性が告げられなかった劣化ウラン弾によるものですが、米政府は被害の存在自体否定しています。米軍による被爆者の検査では「異常なし」だったのが、被害にあった米兵がカナダの民間の調査機関に独自に依頼したところ、尿から大量の放射能が検出されるという恐ろしい結果になりました。卯立てがないだけで、イラクではこの数十倍の被害が予測されています。
●アジア
アメリカが殺した人間は、戦後のアジアだけで一億五千万人に登るという説がある。
実際に手を下すのは現地の親米派政権の軍隊だが、それに武器や資金を提供し、拷問の仕方を教えるのはアメリカである。冷戦時代を通じて、ソ連の数倍もの兵器援助を行い続けた。
●ハワイ
ハワイ最後の女王であるリリウオカラニ女王は白人達による自国民の奴隷化、レイプ、虐殺
から国を守るために日本の皇室と縁組みしようとしたが、アメリカ政府の後押しを受けた白人
商人連中によってクーデターを起こされ、ハワイは強引にアメリカに併合された。この時
日本の軍艦がハワイ沖にまで行っているが、結局間に合わなかった。間に合っていれば、歴史は大分変わっていただろう。
●インディアン
1
岸田秀「続ものぐさ精神分析」より
さて、アメリカの歴史は経験の欺瞞からはじまっている。十七世紀のはじめ、
メイフラワー号に乗って新大陸にやってきたピルグリム・ファーザーズは、
アメリカの自由と民主主義の始祖とされて、聖徒と呼ばれているが、(引用)
によれば、上陸した聖徒たちは「インディアンの墓地を荒らし、埋めてあ
った穀物を盗み」、さらに聖徒の代表の一人、「スタンディッシュは、酋長
と彼の弟で十八になる若者、その他もう二人のインディアンを自分の執務室
に招待して食事をすることにした。名誉を重んじ、客を丁寧にもてなすのが
インディアンの掟である。だから彼らは、この招待を受けても危険はない、
と考えた。だが間もなく、それが大変な間違いであったことに気づくのだ。
彼らが部屋に入ったとたん、ドアに鍵がかけられた。スタンディッシュは自
らナイフを振って、一人のインディアン戦死をずたずたに切り刻んだ。一方
彼の部下たちは、酋長ともう一人の戦士を剣でめった切りにした。
2
インディアンに、天然痘をつけた毛布をプレゼントした。このやり方で、インディアンの人口がかなり減少。全滅した集落からは、確かにその毛布がみつかった。
トンキン湾事件
アメリカはベトナムに本格的に介入するため、哨戒中の駆逐艦が北ベトナム軍に
攻撃されたとの自作自演をやった。昔からアメリカの手口は変りばえしない。
● 湾岸戦争
1
ラムゼイ・クラーク元米国務長官は、「湾岸戦争」という著書で「中東で戦争を望んでいたのはイラクではなく、米国だった。
つまり巨額な予算を維持したい国防総省、中東への武器販売と国内の軍事契約に依存する軍需産業、原油価格に対する支配力
強化と利益の増大を望む石油会社、ソ連の崩壊を米軍の中東常駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配により巨大な地政学的
勢力を二十一世紀に向け構築しようとするブッシュ政権だった」と暴露している。
2
湾岸戦争でイラクの民間人が20万人死んでも、アメリカは国民に公表してないらしい。
広島・長崎も50万死んでも、「民間人が死んだのはわずかだけ」だと子供に教える国だからな。
3
ベトナム戦争後遺症で武力行使に慎重だった米議会の姿勢を、イラクの暴行を泣いて訴えた少女の涙への
同情でひっくり返した。その少女は在米クェート大使の娘で戦争当時からアメリカにいたし、議会
で話した残虐行為も完全にデッチ上げだった。まるで映画「噂の真相」の世界だな。恐るべし…。
4
「イラク軍兵士による病院での乳児虐殺事件」はアメリカ政府の情報操作
イラクのクウェート侵攻直後、クウェート「難民」と称する少女が米国下院において主だった国際テレビ局の前で
「私は、クウェートから脱出してきたばかりです。私は、イラク兵が未熟児保育器から赤ちゃんを取り出し冷たい
床の上で死なせるのを見ました。」と証言。
しかし、この少女は、ワシントン駐在の駐米クウェート大使の娘であってもちろん湾岸危機の前後クウェートに
はいなかったのです。この証言は、米国大手広告代理店が事前にリハーサルをさせ出演させたものでまったくの
でっち上げであったのです。 NHK「だれが、世界を守るのか」から)
5,湾岸戦争後遺症
湾岸戦争に従軍した米兵数万人が、体のふかしぎな不調を訴え、子供が奇形になるなどの報告があいついでいます。これは米兵士にさえ危険性が告げられなかった劣化ウラン弾によるものですが、米政府は被害の存在自体否定しています。米軍による被爆者の検査では「異常なし」だったのが、被害にあった米兵がカナダの民間の調査機関に独自に依頼したところ、尿から大量の放射能が検出されるという恐ろしい結果になりました。卯立てがないだけで、イラクではこの数十倍の被害が予測されています。
●アジア
アメリカが殺した人間は、戦後のアジアだけで一億五千万人に登るという説がある。
実際に手を下すのは現地の親米派政権の軍隊だが、それに武器や資金を提供し、拷問の仕方を教えるのはアメリカである。冷戦時代を通じて、ソ連の数倍もの兵器援助を行い続けた。
●ハワイ
ハワイ最後の女王であるリリウオカラニ女王は白人達による自国民の奴隷化、レイプ、虐殺
から国を守るために日本の皇室と縁組みしようとしたが、アメリカ政府の後押しを受けた白人
商人連中によってクーデターを起こされ、ハワイは強引にアメリカに併合された。この時
日本の軍艦がハワイ沖にまで行っているが、結局間に合わなかった。間に合っていれば、歴史は大分変わっていただろう。
●インディアン
1
岸田秀「続ものぐさ精神分析」より
さて、アメリカの歴史は経験の欺瞞からはじまっている。十七世紀のはじめ、
メイフラワー号に乗って新大陸にやってきたピルグリム・ファーザーズは、
アメリカの自由と民主主義の始祖とされて、聖徒と呼ばれているが、(引用)
によれば、上陸した聖徒たちは「インディアンの墓地を荒らし、埋めてあ
った穀物を盗み」、さらに聖徒の代表の一人、「スタンディッシュは、酋長
と彼の弟で十八になる若者、その他もう二人のインディアンを自分の執務室
に招待して食事をすることにした。名誉を重んじ、客を丁寧にもてなすのが
インディアンの掟である。だから彼らは、この招待を受けても危険はない、
と考えた。だが間もなく、それが大変な間違いであったことに気づくのだ。
彼らが部屋に入ったとたん、ドアに鍵がかけられた。スタンディッシュは自
らナイフを振って、一人のインディアン戦死をずたずたに切り刻んだ。一方
彼の部下たちは、酋長ともう一人の戦士を剣でめった切りにした。
2
インディアンに、天然痘をつけた毛布をプレゼントした。このやり方で、インディアンの人口がかなり減少。全滅した集落からは、確かにその毛布がみつかった。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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