タリバンはアメリカが作った?(爆)
投稿者: psyco_profiler 投稿日時: 2001/10/14 09:59 投稿番号: [94448 / 177456]
gooday_1969氏へ
貴方の言う
>そのタリバンを作ったのは、アメリカですから、
ってのは、どういう意味だ。
ソ連のアフガン侵攻は1979年だ。
確かに、この時アメリカは、対ソゲリラ=ムジャヒディンを援助した。
ここまでは良いとしよう。
しかし、タリバンが生まれたのは1994年パキスタンの援助によってだ。
根本的に知識が欠けているな。
「パキスタンの孤立と第二次グレートゲーム」
94年11月に姿を現した新勢力「タリバン」。彼らはラバニたちが手を焼いたヘクマティアルを倒し、ヘクマティアルたちが成し遂げられなかった首都カブールを落とし、ソ連が10年かかっても実現できなかったアフガニスタン全土を、わずか4〜5年で手に入れてしまった。武器の扱い方も知らない貧しい村の「タリブ」たちに、なぜこのような偉業ができたのであろうか?
その理由は三つある。
1 ソ連侵攻・内戦に疲れた人々の支持
2 ヘクマティアルから乗り換えた、パキスタン・サウジアラビアの援助
3 運送マフィアの支援
まず「1」について。1978年12月に始まったソ連の侵攻、そして1992年から始まったムジャヒディン各派による権力闘争。この十数年間の最大の犠牲者は一般の人々だ。彼らは家を失い難民となり、中央アジア・イラン・パキスタンに逃れた。残った人々も相次ぐ内戦と追い打ちを欠けるような大干ばつ・二度の大地震により生活はどん底だった。難民の数、400万人以上。餓死者の数は年間50〜100万人。アフガニスタンの人々は、もう疲れた。誰がリーダーになっても良いから、最低限の行政活動をして欲しかった。
タリバンがそれをかなえてくれると思った。彼らは他のムジャヒディンたちと違い、権力欲はなく、「悪」を嫌い、「不正」を憎んだ。そしてその支配地域にはタリバンがもたらした「平和」(=戦闘のない状態)があった。人々はタリバンを熱烈に支持し、歓迎した。そして、後悔することになった。この「人々の支持」が快進撃をもたらした一つの要因である。アフガニスタンに暮らす普通の人々を味方に付けたことは、とても重要だった。「ムジャヒディンよりもタリバンの方が良い」という人々の認識はムジャヒディンたちにとって、彼らの存在そのものを危うくすることになるからだ。
次に「2」について。前章でも書いたが、タリバンの登場はパキスタン・サウジアラビアの対アフガニスタン政策を変えた。それまで両国はヘクマティアルを支援していた。しかし思うように勢力を拡大できないヘクマティアルとは対照的に、タリバンは南部の各州を瞬く間に押さえてしまった。ヘクマティアルとタリバンを天秤に掛けていた両国は、タリバンを採用し、ヘクマティアルを捨てた。タリバンは、ジハードの時のゲリラ養成施設を使って訓練し、資金はこの両国が提供したのである。
最後の「3」について。ここでいう「運送マフィア」とはパキスタンからアフガニスタンを通ってイランや中央アジアに麻薬や密輸物資を運ぶ人たちのことである。彼らはパキスタンの軍部や政府に強力なパイプを持ち、タリバン支援を拡大させた。その理由はこうだ。運送マフィアはアフガニスタンを通ってイランや中央アジアに抜ける。しかし、内戦中の各ムジャヒディンたちは至る所で莫大な通行税を要求してくるし、酷いときには密輸品を強奪され、命まで狙われる。一方、タリバンの支配地域でも通行税は要求されるが、ムジャヒディンたちに比べればその額はとても安いし、通行税さえ払えば旅の安全も保障してくれる。つまりタリバンがその支配地域を拡大させることは運送マフィアたちにとっても利益になるし、運送マフィアの通行が盛んになればそれだけ多くの通行税がタリバンに入ってくることになるのだ。タリバンにとってこの運送マフィアとのつながりは、重要な資金源となったのである。
以上、三つの理由によりタリバンは快進撃を続け、国土の90%以上を手に入れることが出来た。そしてこれは皮肉なことに、パキスタンを近隣諸国から孤立させることになったのである。
貴方の言う
>そのタリバンを作ったのは、アメリカですから、
ってのは、どういう意味だ。
ソ連のアフガン侵攻は1979年だ。
確かに、この時アメリカは、対ソゲリラ=ムジャヒディンを援助した。
ここまでは良いとしよう。
しかし、タリバンが生まれたのは1994年パキスタンの援助によってだ。
根本的に知識が欠けているな。
「パキスタンの孤立と第二次グレートゲーム」
94年11月に姿を現した新勢力「タリバン」。彼らはラバニたちが手を焼いたヘクマティアルを倒し、ヘクマティアルたちが成し遂げられなかった首都カブールを落とし、ソ連が10年かかっても実現できなかったアフガニスタン全土を、わずか4〜5年で手に入れてしまった。武器の扱い方も知らない貧しい村の「タリブ」たちに、なぜこのような偉業ができたのであろうか?
その理由は三つある。
1 ソ連侵攻・内戦に疲れた人々の支持
2 ヘクマティアルから乗り換えた、パキスタン・サウジアラビアの援助
3 運送マフィアの支援
まず「1」について。1978年12月に始まったソ連の侵攻、そして1992年から始まったムジャヒディン各派による権力闘争。この十数年間の最大の犠牲者は一般の人々だ。彼らは家を失い難民となり、中央アジア・イラン・パキスタンに逃れた。残った人々も相次ぐ内戦と追い打ちを欠けるような大干ばつ・二度の大地震により生活はどん底だった。難民の数、400万人以上。餓死者の数は年間50〜100万人。アフガニスタンの人々は、もう疲れた。誰がリーダーになっても良いから、最低限の行政活動をして欲しかった。
タリバンがそれをかなえてくれると思った。彼らは他のムジャヒディンたちと違い、権力欲はなく、「悪」を嫌い、「不正」を憎んだ。そしてその支配地域にはタリバンがもたらした「平和」(=戦闘のない状態)があった。人々はタリバンを熱烈に支持し、歓迎した。そして、後悔することになった。この「人々の支持」が快進撃をもたらした一つの要因である。アフガニスタンに暮らす普通の人々を味方に付けたことは、とても重要だった。「ムジャヒディンよりもタリバンの方が良い」という人々の認識はムジャヒディンたちにとって、彼らの存在そのものを危うくすることになるからだ。
次に「2」について。前章でも書いたが、タリバンの登場はパキスタン・サウジアラビアの対アフガニスタン政策を変えた。それまで両国はヘクマティアルを支援していた。しかし思うように勢力を拡大できないヘクマティアルとは対照的に、タリバンは南部の各州を瞬く間に押さえてしまった。ヘクマティアルとタリバンを天秤に掛けていた両国は、タリバンを採用し、ヘクマティアルを捨てた。タリバンは、ジハードの時のゲリラ養成施設を使って訓練し、資金はこの両国が提供したのである。
最後の「3」について。ここでいう「運送マフィア」とはパキスタンからアフガニスタンを通ってイランや中央アジアに麻薬や密輸物資を運ぶ人たちのことである。彼らはパキスタンの軍部や政府に強力なパイプを持ち、タリバン支援を拡大させた。その理由はこうだ。運送マフィアはアフガニスタンを通ってイランや中央アジアに抜ける。しかし、内戦中の各ムジャヒディンたちは至る所で莫大な通行税を要求してくるし、酷いときには密輸品を強奪され、命まで狙われる。一方、タリバンの支配地域でも通行税は要求されるが、ムジャヒディンたちに比べればその額はとても安いし、通行税さえ払えば旅の安全も保障してくれる。つまりタリバンがその支配地域を拡大させることは運送マフィアたちにとっても利益になるし、運送マフィアの通行が盛んになればそれだけ多くの通行税がタリバンに入ってくることになるのだ。タリバンにとってこの運送マフィアとのつながりは、重要な資金源となったのである。
以上、三つの理由によりタリバンは快進撃を続け、国土の90%以上を手に入れることが出来た。そしてこれは皮肉なことに、パキスタンを近隣諸国から孤立させることになったのである。
これは メッセージ 94421 (gooday_1969 さん)への返信です.
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