テロと空爆 爆撃手の言葉
投稿者: givetake110 投稿日時: 2001/10/09 21:55 投稿番号: [87579 / 177456]
アメリカの空爆
爆撃手の言葉
空爆に出撃した爆撃手は、「誇りを感じた」と言う。
アメリカはテロに対する報復として、正義のための戦争だから「誇り」という言葉になったのだろう。
テロは許せない行為だ。
けれども、アメリカの文脈だけの言葉だと思う。
アフガニスタンの民衆も空爆で亡くなっているし、イスラムの世界観もあると思う。
イスラムの見方を尊重しないで、アメリカの正義だけを振りかざすのもバランスが悪い。
お互いに力で相手をねじ伏せようとしている。
歩み寄るというような方法はないのだろうか。
テロと空爆のやりあいは、いがみ合いの応酬だ。
アメリカの立場としては出来ない相談だろうけれど、話し合いの場を持って欲しい。
話し合える相手ではないと判断したからの、空爆だとは思う。
一つでもいいから妥協点を見つけて欲しいと理想ではいいたい。
力ではアメリカの勝ちは見えている。
この応酬に終わりはない。
互いが相手を尊重し歩み寄ろうとしなければ、平行線は進んでいく。
悪化する一方だろう。
アメリカが力でねじ伏せるしか沈静化しないかもしれない。
アメリカのヒステリーのような立場、やり方も納得できない。
テロもやり方が卑怯だ。
アメリカの世界に対する接し方を変えて欲しい。
イスラムもアメリカ側に歩み寄る姿勢を努力して作ってもらいたい。
アメリカの勝勢、イスラムの劣勢というバランスの悪さはどうにもならない。
互いに自分の世界に対する方法論を見つめなおしてもらいたい。
http://plaza17.mbn.or.jp/~ayoshida/
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