少なくともユダヤマネー云々は間違い
投稿者: psyco_profiler 投稿日時: 2001/10/01 02:57 投稿番号: [78066 / 177456]
yk17320508yk氏へ
他のことはともかく、
>70兆円以上ものユダヤマネーがどこかの国に流れ込み、土地バブルが起こり、ユダヤマネーが引き上げられるとバブルがはじけ飛び、不良債権に押しつぶされそうになっている国がある。
は、明らかに間違い。
日本のバブル経済は、ブラック・マンデー後の世界経済の落ち込みを回避するため、1985年のプラザ合意後に開始した金融緩和策を、いつまでもとり続けたことが原因だ。
バブルの発端は金融政策の大きな変化によるものである。1985年のプラザ合意による国際的な政策協調の必要性から、日本銀行は金融緩和を大胆に進めた。また、円高による国内の不況をおそれた政策当局は景気刺激を必要としていたものの、財政再建途上にあった大蔵省は国債増発による景気刺激を嫌い、金融緩和による景気刺激を考えた。
そのため公定歩合は記録的低水準である2.5%にまで引き下げられたが、円高不況にあった日本経済は、予想外の適応能力を示し、1987年半ばに景気回復の兆しを見せ始めた。
ところが、1987年10月19日のブラック・マンデーによるドル暴落防止のため、日本は低金利政策を維持する必要に迫られた。国際協調を優先的に考える政府は、景気回復の傾向があるものの低金利政策を続行した。
低金利政策を1989年5月まで、2年3ヵ月もの長期間にわたり継続したことが、バブル経済における原因の1つになった。この間株価は急騰をつづけ、地価も上昇傾向を示した。金融当局は物価情勢には十分注意を払っていたが、円高による輸入物価低下により、金融緩和にもかかわらずほとんど上昇しなかった。NIESからの工業製品の輸入・原油価格低下により、企業の値上げの必要性はなかった。
低金利政策のもとでマネーサプライが増大し、過剰流動性が存在することになった。本来なら物価上昇に反映されるべきものの、円高のため反映されず、過剰流動性は株・土地などの資産購入に向かった。金利低下による資産価格上昇の他に、企業業績回復による配当・キャピタルゲインの期待によっても、株価上昇をもたらした。ただ低金利が2年以上続いたため、値上り期待が値上り期待を生むバブルの様相を呈した。2)
1990年にバブルが崩壊し地価は・株価は大きく暴落した。資産価格の下落により、企業・金融機関は多額の不良債権を抱えた。また株価など資産価格の暴落が、銀行の倒産・逆資産効果による総需要の低下をもたらし、総需要の低下がマネーサプライ減少の原因となり、マネーサプライの減少がデフレーションと実質金利の高騰を生み、今度はそれが総需要をいっそう減退させる大きな悪循環が生じた。3)
さらにBIS規制(国際決済銀行の白己資本比率規制)が日本の銀行の行動を制約しはじめた。BIS規制とは、先進諸国の国際業務を営む銀行を対象に、自己資本と総資産の比率を最低8%にしなければならない規制であるが、自已資本である保有株式の含み益が株価低落で減少し、自己資本比率が大きく悪化したため、民間向け貸付に慎重になり、いわゆる「貸し渋り」現象により企業の資金繰りが悪化した。4)
低金利政策による資産価格上昇がバブルをもたらし、その反動が金融システムに大きな打撃をもたらしたといえる。
他のことはともかく、
>70兆円以上ものユダヤマネーがどこかの国に流れ込み、土地バブルが起こり、ユダヤマネーが引き上げられるとバブルがはじけ飛び、不良債権に押しつぶされそうになっている国がある。
は、明らかに間違い。
日本のバブル経済は、ブラック・マンデー後の世界経済の落ち込みを回避するため、1985年のプラザ合意後に開始した金融緩和策を、いつまでもとり続けたことが原因だ。
バブルの発端は金融政策の大きな変化によるものである。1985年のプラザ合意による国際的な政策協調の必要性から、日本銀行は金融緩和を大胆に進めた。また、円高による国内の不況をおそれた政策当局は景気刺激を必要としていたものの、財政再建途上にあった大蔵省は国債増発による景気刺激を嫌い、金融緩和による景気刺激を考えた。
そのため公定歩合は記録的低水準である2.5%にまで引き下げられたが、円高不況にあった日本経済は、予想外の適応能力を示し、1987年半ばに景気回復の兆しを見せ始めた。
ところが、1987年10月19日のブラック・マンデーによるドル暴落防止のため、日本は低金利政策を維持する必要に迫られた。国際協調を優先的に考える政府は、景気回復の傾向があるものの低金利政策を続行した。
低金利政策を1989年5月まで、2年3ヵ月もの長期間にわたり継続したことが、バブル経済における原因の1つになった。この間株価は急騰をつづけ、地価も上昇傾向を示した。金融当局は物価情勢には十分注意を払っていたが、円高による輸入物価低下により、金融緩和にもかかわらずほとんど上昇しなかった。NIESからの工業製品の輸入・原油価格低下により、企業の値上げの必要性はなかった。
低金利政策のもとでマネーサプライが増大し、過剰流動性が存在することになった。本来なら物価上昇に反映されるべきものの、円高のため反映されず、過剰流動性は株・土地などの資産購入に向かった。金利低下による資産価格上昇の他に、企業業績回復による配当・キャピタルゲインの期待によっても、株価上昇をもたらした。ただ低金利が2年以上続いたため、値上り期待が値上り期待を生むバブルの様相を呈した。2)
1990年にバブルが崩壊し地価は・株価は大きく暴落した。資産価格の下落により、企業・金融機関は多額の不良債権を抱えた。また株価など資産価格の暴落が、銀行の倒産・逆資産効果による総需要の低下をもたらし、総需要の低下がマネーサプライ減少の原因となり、マネーサプライの減少がデフレーションと実質金利の高騰を生み、今度はそれが総需要をいっそう減退させる大きな悪循環が生じた。3)
さらにBIS規制(国際決済銀行の白己資本比率規制)が日本の銀行の行動を制約しはじめた。BIS規制とは、先進諸国の国際業務を営む銀行を対象に、自己資本と総資産の比率を最低8%にしなければならない規制であるが、自已資本である保有株式の含み益が株価低落で減少し、自己資本比率が大きく悪化したため、民間向け貸付に慎重になり、いわゆる「貸し渋り」現象により企業の資金繰りが悪化した。4)
低金利政策による資産価格上昇がバブルをもたらし、その反動が金融システムに大きな打撃をもたらしたといえる。
これは メッセージ 78061 (yk17320508yk さん)への返信です.
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