これは予言ではない
投稿者: musetumumon 投稿日時: 2001/09/30 04:13 投稿番号: [77148 / 177456]
現代日本の最先端の知性と目されている柄谷行人が下記のように書いているのを見つけた。
今回のテロに対するどの凡百の論評よりも鋭いが、<現実を「揚棄」>するなどと、マルクに見た夢だけは捨てがたいようだ。
人間が歴史を制御しうるという、近代に始まった(それまでは神の手にあった)妄想には優れた知性を果てしなく突き動かす力があるようだ。
我々人間はこの大宇宙の中で地球という天体のほんの表層をわずかばかり制御して自然を征服したと称している。人間自身もその意識の表層をわずかに制御しうるかどうかという程度の存在であり、意識の内部にはもう一つの自然とも言うべき心の闇が果てしなく広がっている。人間はそんな自分自身を持て余しているのが本当のところだろう。
歴史を制御するとはこの二つの自然を制御すること以外ではない。
悪い冗談のように感じるのは私だけだろうか。
ともあれ、柄谷の言説は耳を傾ける価値のある数少ないものの一つだろう。
●記
http://www.criticalspace.org/
予言なら、ノストラダムスの予言のようなものがある。実際、ある人が私にこう伝えてきた。1999年7月というのは計算のやり方が違うので、それは2001年9月に該当するのだ、と。「双子の兄弟が倒され、繁栄が終る」(ツイン・タワーが崩壊し、アメリカの繁栄が終る)。さらに、その後の戦争の結果、「空から恐怖の大王……」(原理主義者による報復)。ところが、「この戦争に勝者はない」。
(中略)
イスラム原理主義は、資本と国家を「否定」する革命運動であって、現在の世界資本主義の中から、そして、それに対抗する運動の無能さ・愚劣さから生まれてきたものだ。それは、第三世界の「絶望」の産物である。このような運動によって、資本と国家を揚棄することはできないことは自明である。しかし、いかに空しいものであれ、これを滅ぼすことはできない。これを生み出す現実を「揚棄」しない限りは。アメリカは最も恐るべき相手と「戦争」――戦争は国家と国家の間において存在するのだから、これは戦争ではない――を始めるのだ。当然、この「戦争」に勝者はない。国家と資本は自ら墓穴を掘るだけである。これは予言ではない
今回のテロに対するどの凡百の論評よりも鋭いが、<現実を「揚棄」>するなどと、マルクに見た夢だけは捨てがたいようだ。
人間が歴史を制御しうるという、近代に始まった(それまでは神の手にあった)妄想には優れた知性を果てしなく突き動かす力があるようだ。
我々人間はこの大宇宙の中で地球という天体のほんの表層をわずかばかり制御して自然を征服したと称している。人間自身もその意識の表層をわずかに制御しうるかどうかという程度の存在であり、意識の内部にはもう一つの自然とも言うべき心の闇が果てしなく広がっている。人間はそんな自分自身を持て余しているのが本当のところだろう。
歴史を制御するとはこの二つの自然を制御すること以外ではない。
悪い冗談のように感じるのは私だけだろうか。
ともあれ、柄谷の言説は耳を傾ける価値のある数少ないものの一つだろう。
●記
http://www.criticalspace.org/
予言なら、ノストラダムスの予言のようなものがある。実際、ある人が私にこう伝えてきた。1999年7月というのは計算のやり方が違うので、それは2001年9月に該当するのだ、と。「双子の兄弟が倒され、繁栄が終る」(ツイン・タワーが崩壊し、アメリカの繁栄が終る)。さらに、その後の戦争の結果、「空から恐怖の大王……」(原理主義者による報復)。ところが、「この戦争に勝者はない」。
(中略)
イスラム原理主義は、資本と国家を「否定」する革命運動であって、現在の世界資本主義の中から、そして、それに対抗する運動の無能さ・愚劣さから生まれてきたものだ。それは、第三世界の「絶望」の産物である。このような運動によって、資本と国家を揚棄することはできないことは自明である。しかし、いかに空しいものであれ、これを滅ぼすことはできない。これを生み出す現実を「揚棄」しない限りは。アメリカは最も恐るべき相手と「戦争」――戦争は国家と国家の間において存在するのだから、これは戦争ではない――を始めるのだ。当然、この「戦争」に勝者はない。国家と資本は自ら墓穴を掘るだけである。これは予言ではない
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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