どうも、、、。
投稿者: jyasko101 投稿日時: 2001/09/30 03:28 投稿番号: [77111 / 177456]
私は、「宗教」=「教えを信仰する」
あなたは、「宗教」=「神を信仰する」
で、意見が食い違ったのでしょうか。
キリストも、仏陀も、「人間性を高める知恵」を広めるただの人間だったのだと思いますが、、、。たしか、キリストが「神の子」といちづけられたのが、ニケーア公会議でのことで、それまでは人か神かの議論があった。
博愛の精神を広める際の象徴的な存在として、「神」という概念を用いましたが、本人たちはむしろ排他的主義を生みかねない偶像崇拝は否定していたと思うのですが、、、。
古代は、ローマの神話に出てくるような、人間的な「神」のイメージが一般的だったので(ユダヤ教も同じ)、神にたいする盲信もあったと思うのですが、キリスト教の神は、もっと大きな概念で語られていたのです。もちろん、信者のほうは、昔のことですから、人格神のイメージで、盲信に走りがちになりましたが、、、。
イスラム教徒による「偶像破壊」も、偶像崇拝のタブーを、排他的宗教観にはきちがえた誤りです。
親鸞が、あなたの言う「宗教の本質」の中に、排他的、独善的なものを感じていたなら、そもそも信仰などもたなかったのでは?
あくまで宗教の本質は、博愛的なものである。しかし、組織化したときに、曲解したものが排他主義に陥る危険がある。
だから、教義を広める際に、わざわざ偶像崇拝の禁止なんて項目を入れたように思うのですが。
これは メッセージ 77075 (pentamzs99 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/77111.html