簡単なことではない。
投稿者: pfp005 投稿日時: 2001/09/30 00:26 投稿番号: [76913 / 177456]
テロの根幹はなによりも人間がもつ欲望が根幹である。
先日、テロについて議論する機会があったので
私も積極的に議論に参加した。
議論の中心は報復と言うものに是か非か。
報復であっても戦争と言うことには変わりはなく、
テロリストと言う特定しにくい対象を相手に戦うことは
市民を巻き添えにした戦いになる。
アメリカのような世界一の軍事大国があっさりと攻撃されたということは
兵器をいかに持っていても無意味である証明で、
報復ではテロを本当に根絶することはできない。
本当の安全保障は対話や交流による人間同士の理解が必要。
このような発言が見られた。
しかし、私はこのような一連の発言には未だ納得ができない。
戦争と言う現実を前にとても空しく聞こえていた。
そもそも、対話や交流などはこれまでも行われてきたはずであり、
今回のテロはその対話もそしてネオリベラリスティックな
協調的安全保障、予防外交などの取り組みも失敗に終わってしまったということが
できるのではないだろうか。という疑問が残ってしまう。
まだまだ発展途上であるから仕方のないことであると言うが、
それではあまりに無責任である。
その無力さ故に起きてしまったことを反省しなければならない。
そして、依然としてハード、兵器にたより、テロを抑止していかねばならない
それが現実ではないだろうか。
対話で仲良くしていけたら。
そう考えるのは小学生でもできる。
私もそれで済む話なら悩むことはない。
悲しいが戦争は戦争でしか解決できないのが人間の現実である。
だが、人と人とが分かり合う世界が訪れる日は
きっと来ると信じている。
しかし、今日では憎しみが憎しみを呼ぶ歴史の上に成り立ってしまっている。
その根本は人間が持つ欲望ではないか。
欧米の中東政策も、反グローバリゼーションの動きも
自らの欲を満たすがため。
人間が革新し、分かり合わねば憎しみが上増長し、悲しみが世界を覆い尽くす。
歴史は繰り返してはならない。
もしかしたら、これは本当の平和について
私達はそれぞれ考えなくてはならないその転換点であるかもしれない。
汚い言葉の応酬でしか使われていないこの掲示板。
これが分かり合う人間を創り出すとは思えないが。
先日、テロについて議論する機会があったので
私も積極的に議論に参加した。
議論の中心は報復と言うものに是か非か。
報復であっても戦争と言うことには変わりはなく、
テロリストと言う特定しにくい対象を相手に戦うことは
市民を巻き添えにした戦いになる。
アメリカのような世界一の軍事大国があっさりと攻撃されたということは
兵器をいかに持っていても無意味である証明で、
報復ではテロを本当に根絶することはできない。
本当の安全保障は対話や交流による人間同士の理解が必要。
このような発言が見られた。
しかし、私はこのような一連の発言には未だ納得ができない。
戦争と言う現実を前にとても空しく聞こえていた。
そもそも、対話や交流などはこれまでも行われてきたはずであり、
今回のテロはその対話もそしてネオリベラリスティックな
協調的安全保障、予防外交などの取り組みも失敗に終わってしまったということが
できるのではないだろうか。という疑問が残ってしまう。
まだまだ発展途上であるから仕方のないことであると言うが、
それではあまりに無責任である。
その無力さ故に起きてしまったことを反省しなければならない。
そして、依然としてハード、兵器にたより、テロを抑止していかねばならない
それが現実ではないだろうか。
対話で仲良くしていけたら。
そう考えるのは小学生でもできる。
私もそれで済む話なら悩むことはない。
悲しいが戦争は戦争でしか解決できないのが人間の現実である。
だが、人と人とが分かり合う世界が訪れる日は
きっと来ると信じている。
しかし、今日では憎しみが憎しみを呼ぶ歴史の上に成り立ってしまっている。
その根本は人間が持つ欲望ではないか。
欧米の中東政策も、反グローバリゼーションの動きも
自らの欲を満たすがため。
人間が革新し、分かり合わねば憎しみが上増長し、悲しみが世界を覆い尽くす。
歴史は繰り返してはならない。
もしかしたら、これは本当の平和について
私達はそれぞれ考えなくてはならないその転換点であるかもしれない。
汚い言葉の応酬でしか使われていないこの掲示板。
これが分かり合う人間を創り出すとは思えないが。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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