欧米がでっち上げた「女性差別」
投稿者: iazuukoyu 投稿日時: 2001/09/29 18:14 投稿番号: [76631 / 177456]
ナンシー女史はアフガニスタンの共通語であるダリ語を自由に操り、アフガン人からの信頼も非常に篤い、西洋人としては稀有な存在でもある。ナンシー女史は、しばしば歪んだアフガン女性観がばら撒かれていることを嘆いている。
「アウトサイダーによってばらまかれたアフガン女性に関する固定観念によれば、アフガン女性は、朝から晩まで過酷な生活を強いられる、無知な動く物体に過ぎないというものです。男の情報提供者から得た情報を元に、男の文化人類学者が形成してきたこのような固定観念は何年にも渡ってくり返し、くり返し、喧伝されてきました。私はアフガニスタンに行く前にこれらをすべて読みました。その後、文化人類学者である夫が私をアフガニスタンの村に連れていき(私たちはインディ・ジョーンズにでてくるような考古学キャンプに住んだことはありません。いつも村の家に住みました)、私は村の女性たちが持つ強さ、自信に気が付くようになりました。私が見たもの、経験したもの、それらすべては、私が書物から知り得た固定観念とはまったく似ても似つかないものだったのです。」
最初アフガニスタンにやって来た時、僕には予備知識がまったくなかった。しかし、アフガン社会との接触を実際に体験するにつれ、メディアが発するアフガニスタン像に違和感を持つようになった。
その後、ドュプレ夫妻の書物を読むようになって、ようやく納得の行く話に出会ったと感じることができた。
腰を抜かしそうな美貌を持つアフガン女性に出会い、彼女達の威厳に満ちた態度を知ると、どうしても「虐げられた可哀想なアフガン女性」という像はしっくりこなかったのだ。
村落地域のアフガン人家族は、その成員みんなが相互に依存し連携した役割を担っていると、ドュプレ女史はいう(Inter-connected/dependent roles)。
村の女性たちは、みんな自分たちが家族全体の幸福にとって必要不可欠な存在であるということを知っている。男性もそれを理解している。それが村の女性たちの自信につながっている。
男たちは田を耕す、種を蒔く、作物を取り入れる。女たちは豆や木の実を獲り、綿を摘み、メロン狩りに励む。メロン狩りの季節は女性たちにとって、特に楽しい外出の時期だ。女性たちは毎年その季節を楽しみに待っている。
収穫が終わると、作物のいくらかはバザールで売られ現金になる。残りは冬越えの間の家族の食糧として蓄える。次の収穫までこの食糧をもつように管理するのは、女の仕事だ。これに失敗すると、家族は借金に落ち込む、もしくは飢えることになる。
近代人が忘れた「食糧の管理」という重大な仕事がここには残っている。
男と女の相互連携・依存関係は、絨毯作りに最も典型的に現れる。
男たちが羊の世話をし、やがて羊の毛を刈る。女たちが羊毛を紡いで毛糸を作る。毛糸は男たちにもう一度戻り、染色される。その染色された毛糸を使って、女たちが絨毯を織る。出来上がった製品はまた男たちに戻り、彼等が絨毯のマーケティングに励む。
村の生活はこのような男と女の相互関係に依存しており、その結果、自然に男と女が尊重しあう関係が出来上がる。家族の成員の誰もがお互いの存在なしでは生存できないということを知っている。
http://www.i-nexus.org/gazette/kabul/noa6.html
「アウトサイダーによってばらまかれたアフガン女性に関する固定観念によれば、アフガン女性は、朝から晩まで過酷な生活を強いられる、無知な動く物体に過ぎないというものです。男の情報提供者から得た情報を元に、男の文化人類学者が形成してきたこのような固定観念は何年にも渡ってくり返し、くり返し、喧伝されてきました。私はアフガニスタンに行く前にこれらをすべて読みました。その後、文化人類学者である夫が私をアフガニスタンの村に連れていき(私たちはインディ・ジョーンズにでてくるような考古学キャンプに住んだことはありません。いつも村の家に住みました)、私は村の女性たちが持つ強さ、自信に気が付くようになりました。私が見たもの、経験したもの、それらすべては、私が書物から知り得た固定観念とはまったく似ても似つかないものだったのです。」
最初アフガニスタンにやって来た時、僕には予備知識がまったくなかった。しかし、アフガン社会との接触を実際に体験するにつれ、メディアが発するアフガニスタン像に違和感を持つようになった。
その後、ドュプレ夫妻の書物を読むようになって、ようやく納得の行く話に出会ったと感じることができた。
腰を抜かしそうな美貌を持つアフガン女性に出会い、彼女達の威厳に満ちた態度を知ると、どうしても「虐げられた可哀想なアフガン女性」という像はしっくりこなかったのだ。
村落地域のアフガン人家族は、その成員みんなが相互に依存し連携した役割を担っていると、ドュプレ女史はいう(Inter-connected/dependent roles)。
村の女性たちは、みんな自分たちが家族全体の幸福にとって必要不可欠な存在であるということを知っている。男性もそれを理解している。それが村の女性たちの自信につながっている。
男たちは田を耕す、種を蒔く、作物を取り入れる。女たちは豆や木の実を獲り、綿を摘み、メロン狩りに励む。メロン狩りの季節は女性たちにとって、特に楽しい外出の時期だ。女性たちは毎年その季節を楽しみに待っている。
収穫が終わると、作物のいくらかはバザールで売られ現金になる。残りは冬越えの間の家族の食糧として蓄える。次の収穫までこの食糧をもつように管理するのは、女の仕事だ。これに失敗すると、家族は借金に落ち込む、もしくは飢えることになる。
近代人が忘れた「食糧の管理」という重大な仕事がここには残っている。
男と女の相互連携・依存関係は、絨毯作りに最も典型的に現れる。
男たちが羊の世話をし、やがて羊の毛を刈る。女たちが羊毛を紡いで毛糸を作る。毛糸は男たちにもう一度戻り、染色される。その染色された毛糸を使って、女たちが絨毯を織る。出来上がった製品はまた男たちに戻り、彼等が絨毯のマーケティングに励む。
村の生活はこのような男と女の相互関係に依存しており、その結果、自然に男と女が尊重しあう関係が出来上がる。家族の成員の誰もがお互いの存在なしでは生存できないということを知っている。
http://www.i-nexus.org/gazette/kabul/noa6.html
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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