痛ましい文化は先進国も一緒だと思う
投稿者: shinobu 投稿日時: 2001/09/29 02:50 投稿番号: [76119 / 177456]
>>このような痛ましい事を英雄化するような文化は、なんとしても問題化すべきと考え
ます。
自爆テロが英雄なのではなく、宗教を守ることで殉職することが尊ばれるのです。
宗教を守るといっているのは、アメリカにより宗教が冒涜されているからであり、そういったことがなければ起きないことです。
イスラムでも、わざわざ死にたい人はいないのです。
そして、先進国が「民主主義・正義や自由のために戦うことは誇らしい。国際人として当然。」といっている思想も、私には自爆テロと同様だと感じます。
「何のために命を掛けるのか」という対象が違うだけです。
イスラムの人達が宗教で洗脳されているのならば、先進国は資本主義や自由、民主主義に洗脳
されているのではないのか?
それを守るために、命をかけ、戦うのが当然といっているではないのだろうか?
戦争から帰ってきた兵士は、英雄ではないのだろうか?
湾岸戦争でも、一般市民を巻き添えにしたのに、みな喜んで帰ってきたのではないのだろうか?
命をかけるものが「宗教」ならばおかしく、「自由や正義」ならおかしくないというのは、とても違和感があります。
イスラムの人達も、私達も、一方が正常で、一方が異常ではありません。
「何を優先しているのかが違うだけ」だと感じます。
>>蛇足ですが、資本主義というのは、思想でも文化でもありません。
資本主義は、主義という言葉を使っているように、ひとつの社会経済面での考え方・思想では?
イスラムでは宗教がメインであり、資本主義社会とは優先/大切にされるものが違うと書いたわけです。
その宗教の中での経済の考え方で比べてみても、イスラムでは貧しい人達に施すということが美徳となっており、資本の強いものが労働者を使って利益追求するという資本主義とは「正反対に位置する」ものです。
(ですから、貧しい人に施しを行なうラディンは人望があるわけです)
ですから「資本主義=イスラム教的に堕落していくこと」であり、イスラム教徒には受け入れがたいものなのでしょう。
「資本主義を強要する相手=イスラム教を破壊するもの」であり、「イスラム教を守るための聖戦」となるわけです。
その上、聖地は一方的な理由から「資本主義を強要する相手=イスラム教の破壊者」によって占拠され、安易にゴミなどで汚されているのです。
そして、様々な理由をつけ、経済制裁・攻撃が行なわれ、たくさんの人が死んでいくわけですから、理不尽さに対する不満、宗教上での不満、そういった反米感情がおきるのはやむをえないと思います。
カルト教団のように、自分達の思想で世界を制覇するということから始まっているのではなく、アメリカが彼らの宗教を理解/尊重せず、破壊しているところから問題は始まっているのです。
ですから、最低限、先進国とイスラム地域の「優先されるもの」の違いを認識し、尊重するつもりがないのならば、解決は難しいと思います。
そして、他の国の宗教/文化を踏みにじっても、自国の利益追求を最優先する姿勢は、グローバル思想の国、民主主義国家にはありえない姿勢でしょう。
私が、アメリカ政府/先進国(日本も含む)の思想について、民主主義よりも資本主義を引き合いに出すのはこうした理由からです。
アメリカが受け入れているのは、肌が白い黒いは違っても、アメリカに住むアメリカ人なのであり、グローバルな見地とは思えません。
もっと、異文化に対しても許容量をもってほしいと思います。
また、世界のリーダー/警察であるならば、自国の国益/政治と切り離して行わない限り、認められることはないでしょう。
ます。
自爆テロが英雄なのではなく、宗教を守ることで殉職することが尊ばれるのです。
宗教を守るといっているのは、アメリカにより宗教が冒涜されているからであり、そういったことがなければ起きないことです。
イスラムでも、わざわざ死にたい人はいないのです。
そして、先進国が「民主主義・正義や自由のために戦うことは誇らしい。国際人として当然。」といっている思想も、私には自爆テロと同様だと感じます。
「何のために命を掛けるのか」という対象が違うだけです。
イスラムの人達が宗教で洗脳されているのならば、先進国は資本主義や自由、民主主義に洗脳
されているのではないのか?
それを守るために、命をかけ、戦うのが当然といっているではないのだろうか?
戦争から帰ってきた兵士は、英雄ではないのだろうか?
湾岸戦争でも、一般市民を巻き添えにしたのに、みな喜んで帰ってきたのではないのだろうか?
命をかけるものが「宗教」ならばおかしく、「自由や正義」ならおかしくないというのは、とても違和感があります。
イスラムの人達も、私達も、一方が正常で、一方が異常ではありません。
「何を優先しているのかが違うだけ」だと感じます。
>>蛇足ですが、資本主義というのは、思想でも文化でもありません。
資本主義は、主義という言葉を使っているように、ひとつの社会経済面での考え方・思想では?
イスラムでは宗教がメインであり、資本主義社会とは優先/大切にされるものが違うと書いたわけです。
その宗教の中での経済の考え方で比べてみても、イスラムでは貧しい人達に施すということが美徳となっており、資本の強いものが労働者を使って利益追求するという資本主義とは「正反対に位置する」ものです。
(ですから、貧しい人に施しを行なうラディンは人望があるわけです)
ですから「資本主義=イスラム教的に堕落していくこと」であり、イスラム教徒には受け入れがたいものなのでしょう。
「資本主義を強要する相手=イスラム教を破壊するもの」であり、「イスラム教を守るための聖戦」となるわけです。
その上、聖地は一方的な理由から「資本主義を強要する相手=イスラム教の破壊者」によって占拠され、安易にゴミなどで汚されているのです。
そして、様々な理由をつけ、経済制裁・攻撃が行なわれ、たくさんの人が死んでいくわけですから、理不尽さに対する不満、宗教上での不満、そういった反米感情がおきるのはやむをえないと思います。
カルト教団のように、自分達の思想で世界を制覇するということから始まっているのではなく、アメリカが彼らの宗教を理解/尊重せず、破壊しているところから問題は始まっているのです。
ですから、最低限、先進国とイスラム地域の「優先されるもの」の違いを認識し、尊重するつもりがないのならば、解決は難しいと思います。
そして、他の国の宗教/文化を踏みにじっても、自国の利益追求を最優先する姿勢は、グローバル思想の国、民主主義国家にはありえない姿勢でしょう。
私が、アメリカ政府/先進国(日本も含む)の思想について、民主主義よりも資本主義を引き合いに出すのはこうした理由からです。
アメリカが受け入れているのは、肌が白い黒いは違っても、アメリカに住むアメリカ人なのであり、グローバルな見地とは思えません。
もっと、異文化に対しても許容量をもってほしいと思います。
また、世界のリーダー/警察であるならば、自国の国益/政治と切り離して行わない限り、認められることはないでしょう。
これは メッセージ 75196 (hal1004 さん)への返信です.
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