>民衆は文化相対主義でいこう
投稿者: a_grugru 投稿日時: 2001/09/28 17:23 投稿番号: [75547 / 177456]
その考え方、とてもよく解ります。しかし、いざ現実問題としてとらえると、民族間の文化の違いによる価値観などのギャップはあまりに大きすぎて無理が出てくるような気がします。
例えばニューヨークでは、色々な民族(国)の人々が「アメリカ人」として暮らしています。しかし、各民族の多くの人がゲットーを作りアメリカ文化の中で各民族の棲み分けをしています。アメリカ(文化)というベースの上でさえ民族的に分かれ、時として衝突します(最近は少なくなっているようですが)。これを国家単位、宗教単位で置き換えると、文化相対の考えはもっと困難に思えます。
結局、各国の個々の人々の代表同士、意見交換することが文化相対主義を実践できる現実的唯一の方法としか考えられません。その国のトップを認めぬ事には、選んだ人々を否定することになるし、また、一個人(国のトップを)として否定することは、個々の人々さえ否定する(される)事につながり、矛盾を抱えます(例えば、民衆が個々に他民族と話し合うにしても個人差が出てきて融和する人や敵対する人が出てくる様に)。
けっしてあなたの意見に反対ではありませんが、今回のテロ事件であまりにも問題の多いことに気づき考えさせられています。解決の糸口になれば、と思って意見させていただきました。
これは メッセージ 75448 (kitakatakumako さん)への返信です.
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