キリストを処刑したユダヤ人
投稿者: JuanGotoh 投稿日時: 2001/09/27 07:50 投稿番号: [73779 / 177456]
キリストを処刑したユダヤ人とそれ以外のユダヤ人を区別という法皇の言葉は、前提として昔からのキリスト教会のユダヤ人観があるわけです。マタイ福音書によれば、ピラトが手を洗って自分はこの人の処刑に責任を追わないと宣言した時、民衆は、その責任は我々と、我々の子孫が負う、と豪語しているんですね。
この記述を根拠に、キリスト教会はイエス処刑の責任はのちのちのユダヤ人にもあるのだという事で、ユダヤ人を迫害し続けて来たわけです。その歴史を踏まえて、法皇の言葉を読めば、それはすなわちユダヤ人迫害は間違いであると言う宣言に他なりません。
余談ですが、個人的には、マタイ福音書のこの記述はあまりに親ローマ的、反ユダヤ的で、福音書記者の創作もしくは誇張に思えます。興奮した群集は「その責めは我々が負う」位の事は言うでしょうが、「我々の子孫」をわざわざ叫ぶかなあ。
マタイ福音書はユダヤ人向けに書かれているというのが定説ですので、わざわざユダヤを貶すのも変かもしれませんが、だからこそ君たちはキリストを信じろ、ってことで厳しく書かれたのかもしれない。
これは メッセージ 73741 (sango311jp さん)への返信です.
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