テロリストにシェルターはあるが
投稿者: wphjp 投稿日時: 2001/09/26 21:20 投稿番号: [73098 / 177456]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20010926-00000047-mai-soci
<電子メール>アフガンの女性人権団体から日本の支援者に
「テロリストにシェルターはあるが、一般国民にはない」。アフガニスタン・タリ
バン政権の弾圧をかいくぐりながら活動を続ける女性人権団体「RAWA(アフガニ
スタン女性革命協会)」から、日本の支援者に電子メールが届いた。「タリバンは女
性が教育を受けたり働くことを禁じ、レイプや虐殺を繰り返してきた」。タリバンの
現状を世界に発信するRAWAは、米国の無差別報復にも反対している。
RAWAを支援する映像ディレクターの川崎けい子さん(41)は3年前にインター
ネットでRAWAを知り、「アフガン女性と子どもを支援する会」を設立。昨年4月、
カブールを初めて訪ねた。メンバーの女性たちはタリバンに気づかれないように早朝、
民家の物置のさらに奥にある秘密の部屋へ近所の子供たちを集め、教室を開く。
電気もない部屋に案内されると、壁に板を立てかけ、黒板代わりにして約30人が
言葉や算数を学んでいた。一人の少女は「手紙を書いたり、雑誌も読めるようになっ
た」と目を輝かせた。30代の女性は「3カ月で、やっと自分の名前が書けるように
なった。もっと勉強して医者になりたい」と言った。こうした教室はカブールだけで
約50カ所あるという。
RAWAは77年にカブールで、当時20歳の女性ミーナが設立した。ミーナは国
内の女性の権利獲得を訴え、87年に暗殺された。川崎さんによると、タリバンに
「RAWAのメンバーは見つけ次第、処刑する」と脅され、活動拠点をパキスタンに
移した。女性と子供の生活や教育の支援を続けているが、約2000人のメンバーの
氏名や通信手段は公表していない。事件後、アフガンでは外部との通信が制限され、
「国境を越える人に手紙を託すなどして連絡を取り合っているようだ」と川崎さんは
話す。
そんな川崎さんに、同時多発テロ後、報復を懸念するメールが届いた(別稿)。
「テロ事件後、『アフガン人はみんなビンラディンと同じ』と見る人もいる。でも、
本当はタリバンに虐げられてきた人々だ」。川崎さんはそう訴える。
会は活動資金を募っている。送付先は郵便振替口座00150―2―184650
「アフガン女性と子どもを支援する会」。
■RAWAから川崎さんに届いたメール■
「米国人の悲しみはよく分かる。私たちも20年以上、同じ目に遭ってきた」。大
多数の人はそう思っています。40歳の教師は「テロリストは財産を略奪し、愛する
者を殺し、若い娘を辱め、土地を破壊した」と言いました。テロリストたちにはシェ
ルターがありますが、何の罪もないアフガン人にはなく、日々のパン一つに苦心して
います。ニュースを聴くこともできず、インターネットも禁止されました。人々は
「タリバンはビンラディンを引き渡すべきだ。望まぬ客人を追放する時が来た」と言
っています。
タリバンに家族2人を殺された医師は「ブッシュ大統領に思い出してほしい。一連
の出来事はあなたたちがまいた種であることを。分からなければ、あなたの父に尋ね
てほしい」と言いました。テロリストを育て、援助してきたのはCIA(米中央情報
局)です。米国は旧ソ連との戦いで、アラブの傭兵(ようへい)を最大限に利用しま
した。でも私たちは米国人に敵意はありません。カブールの商店主、ウマール・ジャ
ンさんは言います。「米国の人々と米国政府との間には大きな河のような隔たりがあ
る。だから私たちは亡くなった米国人のために悲しむ」と。
報復が始まれば、数週間で国内の食糧は底を突き、冬が訪れます。多くの餓死者が
出るでしょう。人々は防空壕(ごう)を掘り始めています。出国したくても旅費すら
ない人もいるのです。一般の男性も女性も子供も犠牲になり、さらに大きな苦悩がも
たらされます。それでも、私たちの心は米国の人々とともにあります。(毎日新聞)
<電子メール>アフガンの女性人権団体から日本の支援者に
「テロリストにシェルターはあるが、一般国民にはない」。アフガニスタン・タリ
バン政権の弾圧をかいくぐりながら活動を続ける女性人権団体「RAWA(アフガニ
スタン女性革命協会)」から、日本の支援者に電子メールが届いた。「タリバンは女
性が教育を受けたり働くことを禁じ、レイプや虐殺を繰り返してきた」。タリバンの
現状を世界に発信するRAWAは、米国の無差別報復にも反対している。
RAWAを支援する映像ディレクターの川崎けい子さん(41)は3年前にインター
ネットでRAWAを知り、「アフガン女性と子どもを支援する会」を設立。昨年4月、
カブールを初めて訪ねた。メンバーの女性たちはタリバンに気づかれないように早朝、
民家の物置のさらに奥にある秘密の部屋へ近所の子供たちを集め、教室を開く。
電気もない部屋に案内されると、壁に板を立てかけ、黒板代わりにして約30人が
言葉や算数を学んでいた。一人の少女は「手紙を書いたり、雑誌も読めるようになっ
た」と目を輝かせた。30代の女性は「3カ月で、やっと自分の名前が書けるように
なった。もっと勉強して医者になりたい」と言った。こうした教室はカブールだけで
約50カ所あるという。
RAWAは77年にカブールで、当時20歳の女性ミーナが設立した。ミーナは国
内の女性の権利獲得を訴え、87年に暗殺された。川崎さんによると、タリバンに
「RAWAのメンバーは見つけ次第、処刑する」と脅され、活動拠点をパキスタンに
移した。女性と子供の生活や教育の支援を続けているが、約2000人のメンバーの
氏名や通信手段は公表していない。事件後、アフガンでは外部との通信が制限され、
「国境を越える人に手紙を託すなどして連絡を取り合っているようだ」と川崎さんは
話す。
そんな川崎さんに、同時多発テロ後、報復を懸念するメールが届いた(別稿)。
「テロ事件後、『アフガン人はみんなビンラディンと同じ』と見る人もいる。でも、
本当はタリバンに虐げられてきた人々だ」。川崎さんはそう訴える。
会は活動資金を募っている。送付先は郵便振替口座00150―2―184650
「アフガン女性と子どもを支援する会」。
■RAWAから川崎さんに届いたメール■
「米国人の悲しみはよく分かる。私たちも20年以上、同じ目に遭ってきた」。大
多数の人はそう思っています。40歳の教師は「テロリストは財産を略奪し、愛する
者を殺し、若い娘を辱め、土地を破壊した」と言いました。テロリストたちにはシェ
ルターがありますが、何の罪もないアフガン人にはなく、日々のパン一つに苦心して
います。ニュースを聴くこともできず、インターネットも禁止されました。人々は
「タリバンはビンラディンを引き渡すべきだ。望まぬ客人を追放する時が来た」と言
っています。
タリバンに家族2人を殺された医師は「ブッシュ大統領に思い出してほしい。一連
の出来事はあなたたちがまいた種であることを。分からなければ、あなたの父に尋ね
てほしい」と言いました。テロリストを育て、援助してきたのはCIA(米中央情報
局)です。米国は旧ソ連との戦いで、アラブの傭兵(ようへい)を最大限に利用しま
した。でも私たちは米国人に敵意はありません。カブールの商店主、ウマール・ジャ
ンさんは言います。「米国の人々と米国政府との間には大きな河のような隔たりがあ
る。だから私たちは亡くなった米国人のために悲しむ」と。
報復が始まれば、数週間で国内の食糧は底を突き、冬が訪れます。多くの餓死者が
出るでしょう。人々は防空壕(ごう)を掘り始めています。出国したくても旅費すら
ない人もいるのです。一般の男性も女性も子供も犠牲になり、さらに大きな苦悩がも
たらされます。それでも、私たちの心は米国の人々とともにあります。(毎日新聞)
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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