そうでしょうか?
投稿者: geschichtejp 投稿日時: 2001/09/23 15:51 投稿番号: [66800 / 177456]
「暴力的手段に訴えること」と、「貧富の差をなくす努力」や「宗教・民族的対立を和らげる努力」は両立します。いくら、「貧富の差をなくす努力」や「宗教・民族的対立を和らげる努力」を努力を行っても、歴史が示すとおり、時間がかかるし、「和らげる」ことはできても、「なくす」ことは、まず、不可能でしょう(それでも、努力は必要で、現実に行われています)。問題は、これらを背景の1つとして現実に存在する狂信的テロリスト集団に如何に対応するかです。(只、手をこまねいて見ていればいいと良い言うものではありません。オウムをそのまま見過ごしていたらどうなっていたでしょうか?)これら集団の特徴は、「自分の信念」の為には「無差別テロ」をも辞さない点にあるわけで、テロをやめさせる方法は「彼らの要求を全面的に受け入れる」か「暴力的手段に訴えてもやめさせる」ことしかないでしょう。(テロリストの性質によっては、例えば同じテロリストでもマケドニアのアルバニア系テロリストのように、ある程度妥協が可能なテロリストに対しては中間策もあるかも知れません。但し、ビンラーデンやオウムに妥協の余地は無いのでは?)究極の「根本的解決」は「貧富の差をなくすこと」等ですが、当面の「根本的解決」は狂信的テロリスト集団を暴力的手段に訴えてでも排除することだと思います。
これは メッセージ 66649 (anemu13 さん)への返信です.
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