Re.なるほど
投稿者: WAOHOLMES 投稿日時: 2001/09/21 07:41 投稿番号: [60549 / 177456]
貴方、起きましたね?
私、寝てません・・・トホホ。
>キリスト教やイスラム教は、基本的に
>、性善説なのですか?性悪説なので
>すか?それともこのような分類はでき
>ないのでしょうか?
僕も「仏教」とか「哲学」の世界でしか解りませんが(それもかなり曖昧)
両者とも本来は「分類できない」のが正解では。
>人間は、本来罪深い生き物だけど○○
>教を信じることによって救済される、
>という背景思想はあるのでしょうか?
基本的にキリスト教しかご返答できませんが、イエスが
伝道を始める前に、「パプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)」が、
ユダヤ人に「悔い改めよ、私は次にくる方の道を正す」といって、
洗礼をさずけていました。
そして、イエスを「私はこの方の靴の紐を解く値打ちも無い」と
ヨハネは言っていました。しかし、イエスがヨハネから洗礼を受けに
やってきました。その時、ヨハネには聖霊が鳩のようにイエスに入る
のをみて、恐れ、感激しました。そしてイエスに洗礼を施す事を
拒みました。しかし、イエスは「今はそうさせてください」と言い、
ヨハネからの洗礼を受けます。(話がそれてきたな・・・)
そして、彼は12人の弟子を選び巡業して回りますが、イエスは
ユダヤの慣習を否定しました。モーセの十戒すら否定します。
よって、長老や祭司達の反感をかい続けます。(飛びます)
イエスは全ての人に罪があるとは厳密には言っていません。
しかし、全てのこと(人の為す業)が罪だと言い切りました。
そして、自分は完全な人間「罪」の無い人間だとして、自分を
神の子だと言いました。
そして、「私の名によって祈りなさい」と教えました。
つまり、イエスの名によって祈らなくては神は聞き入れないと。
しかし、イエスは決して「私を知る者が全て救われるのではない」
と、言いました。つまりキリスト教とは、信じる宗教ではない、
教え、イエスの言葉を、またその信仰をある意味鍛えなくては、
救われないのです。
「御利益宗教」ではないのです。
よく昔「貴方は神を信じますか?」って外国人宣教師が回ってましたが、
あれは只の入り口であり、真理の道ではありません。
チョッと(思考力の)限界なので、とりとめが無いですがともかく主イエスはこう言われています。
「狭い門から入りなさい。滅びにいたる門は広く、その道は広々としてそこから入るものが多い。しかし、命にいたる門は何と狭く、道も何と細いことか?」
これが、答えです。
レスポンスが悪くてすいません。ではっ!
明日(今日)の僕って一体?
私、寝てません・・・トホホ。
>キリスト教やイスラム教は、基本的に
>、性善説なのですか?性悪説なので
>すか?それともこのような分類はでき
>ないのでしょうか?
僕も「仏教」とか「哲学」の世界でしか解りませんが(それもかなり曖昧)
両者とも本来は「分類できない」のが正解では。
>人間は、本来罪深い生き物だけど○○
>教を信じることによって救済される、
>という背景思想はあるのでしょうか?
基本的にキリスト教しかご返答できませんが、イエスが
伝道を始める前に、「パプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)」が、
ユダヤ人に「悔い改めよ、私は次にくる方の道を正す」といって、
洗礼をさずけていました。
そして、イエスを「私はこの方の靴の紐を解く値打ちも無い」と
ヨハネは言っていました。しかし、イエスがヨハネから洗礼を受けに
やってきました。その時、ヨハネには聖霊が鳩のようにイエスに入る
のをみて、恐れ、感激しました。そしてイエスに洗礼を施す事を
拒みました。しかし、イエスは「今はそうさせてください」と言い、
ヨハネからの洗礼を受けます。(話がそれてきたな・・・)
そして、彼は12人の弟子を選び巡業して回りますが、イエスは
ユダヤの慣習を否定しました。モーセの十戒すら否定します。
よって、長老や祭司達の反感をかい続けます。(飛びます)
イエスは全ての人に罪があるとは厳密には言っていません。
しかし、全てのこと(人の為す業)が罪だと言い切りました。
そして、自分は完全な人間「罪」の無い人間だとして、自分を
神の子だと言いました。
そして、「私の名によって祈りなさい」と教えました。
つまり、イエスの名によって祈らなくては神は聞き入れないと。
しかし、イエスは決して「私を知る者が全て救われるのではない」
と、言いました。つまりキリスト教とは、信じる宗教ではない、
教え、イエスの言葉を、またその信仰をある意味鍛えなくては、
救われないのです。
「御利益宗教」ではないのです。
よく昔「貴方は神を信じますか?」って外国人宣教師が回ってましたが、
あれは只の入り口であり、真理の道ではありません。
チョッと(思考力の)限界なので、とりとめが無いですがともかく主イエスはこう言われています。
「狭い門から入りなさい。滅びにいたる門は広く、その道は広々としてそこから入るものが多い。しかし、命にいたる門は何と狭く、道も何と細いことか?」
これが、答えです。
レスポンスが悪くてすいません。ではっ!
明日(今日)の僕って一体?
これは メッセージ 60518 (rinagisu さん)への返信です.
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