宗教が嫌い、というより信者の心が嫌い
投稿者: calcium_30mg 投稿日時: 2001/09/20 02:44 投稿番号: [56956 / 177456]
>でも、安心してください、「主の再臨はま近です」。悔い改めをしない人、罪多き人、快楽に浸る人々は「ゲヘナの火に投げ込まれます」
わたしは宗教のこういうところが嫌いだ。
主が再臨するまで、世界が荒れ放題なのを黙って見ていろというのか?
主が再臨すれば、それまで銃を手にした者たちが泣いて詫びをいれるとでもいうのか?
なんでも主、主、主!
たまには自分で考えろってんだ。
せいぜい主が来るまで、石にでも座って待つがいいさ。
「罪」はアダムが堕落したからあるんじゃない。
そりゃ、アダムさんは悪いことしたのかもしれないが、俺は林檎なんて食っていない!
アダムが犯した罪と、自分が犯した罪は全く別だ。
なにか困難があれば「神の試練」と言い、いいことがあれば「神のご加護だ」という。
違う!
「困難」は神が与えるものではないし、「いいこと」が起きても、それは神がご加護をくれたわけではない。
自分が困難を乗り越えたからこそ、「いいこと」が待っているんだ。
神に頼ろうとする心こそ「罪」だ。
自分の力を出し切りもしないで、初めから神を頼ったら、神だっていい迷惑だ。
「神は自らを助ける者を助ける」
神に頼っていいのは、自らの力を出し切り、もう自分の力ではどうしようもない時に、初めて頼るものだ。
しょっちゅう神に頼っていたら、そんなものは、奇跡でもなんでもなくなる。
これは メッセージ 56787 (WAOHOLMES さん)への返信です.
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