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投稿者: tikani_nemuru_M 投稿日時: 2001/09/18 02:04 投稿番号: [48390 / 177456]
出典:
FAZ
9月15日(土)発行
掲載面: Feuilleton (45面)
著者: Susan Sontag
「 その殺害者たちは卑怯者ではなかった 」
( Feige waren die Moerder nicht )
ショックに沈むアメリカ : 論説の誤った一致性
驚きのあまり声もなく、悲しみに沈むアメリカ人であり、
ニュ−ヨ−ク人でもあるこの私にとって、この前の火曜日と
いう日ほど、巨大な現実がわれわれの頭上から崩れ落ちて
きたあの日ほど、アメリカという国がその現実の姿から、
これほどまでに、大きく遠くかけ離れてしまったように
感じられた日はなかった。
起こった出来事と、その出来事の受け止められ方と、
理解のされ方の間におけるアンバランスは、
すなわち一方では、ほどんど総ての政治家たちと
( NY市長のジュリア−ニを例外として )、他方においては、
テレビ解説者たちが ( Peter Jennings を例外として )
まったくひとりよがりのナンセンスな言葉や、恥を知らずの
欺瞞に満ちた発言ばかりに終始していたという状況は、
私の心を不安に陥らせ、重く憂鬱にさせるに十分過ぎるほど
であった。
この出来事を解説する( ことができる権限を持った )
声というものは、あるひとつのキャンペ−ンを展開させようと
ひそかに示し合わせているのか、とさえ私には思えた。
彼らの目的とは: 世間一般を、これまで以上に愚民化
することである。
今回の出来事は、”文明”や”自由”、”人間の尊厳性”
または”自由社会”に対する”卑怯”な攻撃などではなく、
アメリカ合衆国に、世界で唯一の、自称最強国に向けられた
攻撃なのであるという自明の事実を、どうして認めないでの
あろうか ?
この攻撃は、アメリカという国がとった政治、国家利益の追求と
その行動によって導かれた結果であることを、なぜ認めようと
しないのであろうか ?
アメリカが、現在も、イラクへの爆撃を続けていることを、
果たしてどれだけのアメリカ人が知っているのであろうか ?
もし、”卑怯”という言葉を口にするのであれば、その言葉は
むしろ、報復爆撃を空から行う者に向けられるべきであって、
他の人間を殺すためには、自らの命をも断つことを覚悟した
者に向けられるものではない。
もし、われわれが勇気について、この唯一の、道徳的な
見地からみて中立である美徳について語るのならば、
暗殺者たちを、− たとえ、彼らをどのように呼ばわろうと
しようとも −、彼らたちを卑怯であると非難することは
できない。
われわれの政治リ−ダ−たちは、声を揃えて、すべては
正常な状態にあると信じ込ませようとしている。
いわく;
アメリカは何も恐れてはいない。
われわれの精神は不屈、不変である。
”彼ら”を探し出し、”彼ら”に罰を与えるであろう。
( 誰がその”彼ら”であろうとしても )
掲載面: Feuilleton (45面)
著者: Susan Sontag
「 その殺害者たちは卑怯者ではなかった 」
( Feige waren die Moerder nicht )
ショックに沈むアメリカ : 論説の誤った一致性
驚きのあまり声もなく、悲しみに沈むアメリカ人であり、
ニュ−ヨ−ク人でもあるこの私にとって、この前の火曜日と
いう日ほど、巨大な現実がわれわれの頭上から崩れ落ちて
きたあの日ほど、アメリカという国がその現実の姿から、
これほどまでに、大きく遠くかけ離れてしまったように
感じられた日はなかった。
起こった出来事と、その出来事の受け止められ方と、
理解のされ方の間におけるアンバランスは、
すなわち一方では、ほどんど総ての政治家たちと
( NY市長のジュリア−ニを例外として )、他方においては、
テレビ解説者たちが ( Peter Jennings を例外として )
まったくひとりよがりのナンセンスな言葉や、恥を知らずの
欺瞞に満ちた発言ばかりに終始していたという状況は、
私の心を不安に陥らせ、重く憂鬱にさせるに十分過ぎるほど
であった。
この出来事を解説する( ことができる権限を持った )
声というものは、あるひとつのキャンペ−ンを展開させようと
ひそかに示し合わせているのか、とさえ私には思えた。
彼らの目的とは: 世間一般を、これまで以上に愚民化
することである。
今回の出来事は、”文明”や”自由”、”人間の尊厳性”
または”自由社会”に対する”卑怯”な攻撃などではなく、
アメリカ合衆国に、世界で唯一の、自称最強国に向けられた
攻撃なのであるという自明の事実を、どうして認めないでの
あろうか ?
この攻撃は、アメリカという国がとった政治、国家利益の追求と
その行動によって導かれた結果であることを、なぜ認めようと
しないのであろうか ?
アメリカが、現在も、イラクへの爆撃を続けていることを、
果たしてどれだけのアメリカ人が知っているのであろうか ?
もし、”卑怯”という言葉を口にするのであれば、その言葉は
むしろ、報復爆撃を空から行う者に向けられるべきであって、
他の人間を殺すためには、自らの命をも断つことを覚悟した
者に向けられるものではない。
もし、われわれが勇気について、この唯一の、道徳的な
見地からみて中立である美徳について語るのならば、
暗殺者たちを、− たとえ、彼らをどのように呼ばわろうと
しようとも −、彼らたちを卑怯であると非難することは
できない。
われわれの政治リ−ダ−たちは、声を揃えて、すべては
正常な状態にあると信じ込ませようとしている。
いわく;
アメリカは何も恐れてはいない。
われわれの精神は不屈、不変である。
”彼ら”を探し出し、”彼ら”に罰を与えるであろう。
( 誰がその”彼ら”であろうとしても )
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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