報復の是非から見る日本の外交
投稿者: t_symphonia 投稿日時: 2001/09/16 06:34 投稿番号: [39207 / 177456]
日本が憲法第九条で戦争を放棄していることはご存知の通り。しかし、対外的に平和主義をアピールすることと、実際の戦争状態への対応はまったく別の議論となる。
国民の身体財産が危機にさらされた場合、国民を保護するために行動することは国家としては当然のことである(もし、そうでないのであれば、国家としての機能を果たしていないことになる)。
たとえば、今回のテロ事件のように、直接国民が危機にさらされた場合、国家としては国民の安全のために行動を「とらざるを得なくなる」。つまり、外からの攻撃を受けたとき、防御反応をしない、という選択肢は政治的には事実上消えてしまう。これは日本もアメリカも同様である。
このとき、その国は「自国の安全」を確立する必要があり、そのためには相手側が再度攻撃を仕掛けられないような状況を作る必要が生じる。
すると、国としては二者択一を迫られることになる。
1・攻撃を仕掛けた側に対し、自国を攻撃した場合、報復によって甚大な被害を受ける、または存在そのものが危険にさらされる、と認識させる。
2・国内の警備を強化し、再発が不可能か、あるいは非常に困難な状況にする。
おそらく、日本の場合は2を、アメリカの場合は1を選択するだろう。
世論はそのまま国民感情を表す。攻撃によって国民感情が激昂している場合、どうしても国家は報復のための具体的な軍事攻撃という選択肢に流されやすくなってしまう。なぜなら、自分たちの生命や財産が他国の攻撃によって失われたのに、その国がまったく被害を受けないというのは感情的に受け入れがたいからである。
こうなると、道義的な意味ではなく、政治的な意味で、軍事行動が必要となる。
あとは、それが可能か否か、ということである。
日本の軍事力は、専守防衛を念頭においてあるので、継戦能力が非常に低い。また、近隣諸国との関係もあり、軍事行動を独自に行う、という選択肢は取りにくい(もし、北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んだ場合、韓国や中国が日本の報復攻撃に理解を示すだろうか)。しかし、アメリカやロシアの場合、そういった障害が無い。
アメリカが今回、大規模な軍事行動を起こすのは、アメリカという国の特殊性が原因でもなく、また道義的なことに関して無関心だからではない。
そうせざるを得ないのだ。
戦争というものが道義的・人道的に否定されるべきものであることは言うまでもない。しかし、戦争というものはあくまでも政治の一形態に過ぎない。政治的目的を得るために行われるものである以上、人道上の議論は本質的なものではない。目的はあくまでも政治的成果の獲得なのである。あとの議論はその行動が政治的成果を得るために有効か否か、と言う事になる。
この論旨で日本を見れば、行動の自由度という点において他の国よりもかなり制約されていることが理解できると思う。
これこそが、日本の外交の稚拙さを物語るものではないだろうか?
国民の身体財産が危機にさらされた場合、国民を保護するために行動することは国家としては当然のことである(もし、そうでないのであれば、国家としての機能を果たしていないことになる)。
たとえば、今回のテロ事件のように、直接国民が危機にさらされた場合、国家としては国民の安全のために行動を「とらざるを得なくなる」。つまり、外からの攻撃を受けたとき、防御反応をしない、という選択肢は政治的には事実上消えてしまう。これは日本もアメリカも同様である。
このとき、その国は「自国の安全」を確立する必要があり、そのためには相手側が再度攻撃を仕掛けられないような状況を作る必要が生じる。
すると、国としては二者択一を迫られることになる。
1・攻撃を仕掛けた側に対し、自国を攻撃した場合、報復によって甚大な被害を受ける、または存在そのものが危険にさらされる、と認識させる。
2・国内の警備を強化し、再発が不可能か、あるいは非常に困難な状況にする。
おそらく、日本の場合は2を、アメリカの場合は1を選択するだろう。
世論はそのまま国民感情を表す。攻撃によって国民感情が激昂している場合、どうしても国家は報復のための具体的な軍事攻撃という選択肢に流されやすくなってしまう。なぜなら、自分たちの生命や財産が他国の攻撃によって失われたのに、その国がまったく被害を受けないというのは感情的に受け入れがたいからである。
こうなると、道義的な意味ではなく、政治的な意味で、軍事行動が必要となる。
あとは、それが可能か否か、ということである。
日本の軍事力は、専守防衛を念頭においてあるので、継戦能力が非常に低い。また、近隣諸国との関係もあり、軍事行動を独自に行う、という選択肢は取りにくい(もし、北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んだ場合、韓国や中国が日本の報復攻撃に理解を示すだろうか)。しかし、アメリカやロシアの場合、そういった障害が無い。
アメリカが今回、大規模な軍事行動を起こすのは、アメリカという国の特殊性が原因でもなく、また道義的なことに関して無関心だからではない。
そうせざるを得ないのだ。
戦争というものが道義的・人道的に否定されるべきものであることは言うまでもない。しかし、戦争というものはあくまでも政治の一形態に過ぎない。政治的目的を得るために行われるものである以上、人道上の議論は本質的なものではない。目的はあくまでも政治的成果の獲得なのである。あとの議論はその行動が政治的成果を得るために有効か否か、と言う事になる。
この論旨で日本を見れば、行動の自由度という点において他の国よりもかなり制約されていることが理解できると思う。
これこそが、日本の外交の稚拙さを物語るものではないだろうか?
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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