パキスタンはどうでるか
投稿者: scanty_Ito 投稿日時: 2001/09/14 10:25 投稿番号: [25856 / 177456]
【対米関係】
米国はソ連軍のアフガニスタン侵攻をきっかけにパキスタンに毎年6億ドル前後の援助を続けたが、ソ連軍の撤退後はパキスタンの核開発に警戒感を募らせている。クリントン政権は93年8月中国がミサイル関連技術輸出規制(MTCR)に違反してM11ミサイルの技術を供与したとして両国に経済制裁を発動、94年に解除。
米上院は95年9月核疑惑国への兵器供与などを制限するプレスラー修正条項で留め置かれていた、F16戦闘機を除く3億6800万ドル分の兵器の供与を認め、96年7月から供与開始。98年5月の核実験では新規援助の凍結など経済制裁を発動。この時にも適用を除外されていた制裁が、軍事クーデター後の99年10月27日に一部を除いて復活した。
クリントン大統領は2000年3月25日、南アジア歴訪の一環でパキスタンを訪問。ムシャラフ陸軍参謀長が、カシミール問題で米国の仲介を要請したのに対し、大統領は「インド、パキスタン双方から要請がない限り仲介はしない」と拒否。参謀長は、包括的核実験禁止条約(CTBT)について「国民の中に合意ができていない」と早期署名を否定。大統領は放送を通じたパキスタン国民への演説で「傷ついた民主主義への回答は、民主主義の廃止ではなく改善だ」と軍政を批判。
↑のことを考慮に入れるとパキスタンは
交渉のテーブルに核実験にまつわるなんらかの要求をアメリカにつきつけてきそう・・
ブッシュ、ちゃんと後々の事考えて動いてくれよ。
これは メッセージ 25791 (mao_char_ton さん)への返信です.
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