貨幣制度。(再掲)
投稿者: li__il 投稿日時: 2001/09/14 00:26 投稿番号: [23347 / 177456]
の、行き詰まりでしょうね。経済至上主義云々の問題とは、思えないのです。これは、どの思想下においても、言えると思います。環境問題に関する客観的データー不足がもたらす、経済への影響は計り知れない物です。環境ホルモン等が、良い例でしょう。人体に有害であると言う事により、他へとシフトして行く。そして、また駄目になると・・・これの繰り返しが進歩であります。従いまして、環境問題は経済が在るからこそ生じるもので有り、永久に止めようが無いのです。イデオロギーに置き換えても言える事で、なるべくして実現しつつあるグローバリゼーションには、他者文明への配慮が足りないものに映りますが、人類の進化の本質的なものを求める際には、どうしようも無いのです。先進国には先進国なりの衰退危機があり、後進国には後進国なりの危機が在るのです。それは、神でない人類が決めることではなく、神そのものが決める事であるので、人類の歩むべき道は、自ずと決められて居るのです。人類が理想境を目指す方法は、無限に在ります。そしてそれは、決して人類が決めた事では無いのです。歩んだ道のりが最終的な道のりなのです。これは一見、危険思想のも通づるものですが、戦争を経て今日にまで至った人類が、悔恨したところで何も解決しては居ないのです。失ったものが戻らないように見えて、全ての事象は還元もされて居るのです。それは、戦争の犠牲者が、平和と言うものに取って代わった様に。従いまして、貨幣制度も大きな役割を果たしました。現実を見ても、どれほどの人類に喜びを与えた事でしょう。しかし、今は首を締め付けられて居ます。これも一重に、貨幣制度の本質を見誤った故であり、致し方無いのです。万物に通づる法則等は存在しないのであります事は、容易に理解し得るものでありますが、如何に適法を持ち得るかについての議論が成されていない事が、未だに不思議に思えてなりません。昨今の思想乱立における混乱の、全てに起因すると思われる事象に対しての、対症法が確立し得て無いのです。これは、神が決める事でもありますが、実際に姿を見せない神に、どの様に付き従うのか?人間そのものが神であるならば、独裁者こそが神と言えるのではないだろうか??そう言った観点からもこの議論は、成されるべきなのです。人類に課せられた使命を全うする事が、生を受けた者の宿命なのであり、神でない人類が容易に判断してはならないのです。また、判断する事に意義は無いのです。それは、批評家の存在が良い・悪いと言う事を意味するのではなく、普遍的な問題として、深く追求される事が如何に大切で在るかと言う事を、良いたいのであります。この様な過程を経た貨幣制度が、及ぼす影響は環境問題に優るとも劣らない問題であります。一つには、付け足した要素に対する、試行が甘かった事も起因しているものと思われます。昨今のグローバルゼーションが経済至上主義と言われるのは、些か議論の先が違うのであって、その本質はイデオロギーでは無く、進化形態としての万物思想なのです。従いまして、競争社会を構築しなければいけないというものでも無く、それぞれが好き勝手にやれば良いのです。では、何故故にこの国で競争社会が構築なされたのか?と、言う事に繋がりますが、それは、この国の財政状況にも深い問題が在り、しなければならなかった事が上げられると思われます。それ以外に選ぶ方法が、無かったとも言えます。結果平等にせよ、機会平等にせよ、この国には付いて回ります。その土台を壊す事には、無理が在るのです。それが、主たる要因です。革命を経ないで成立した、この国の悲しい性とも言えると思われます。しかし、この国の思想が良いとか悪いとかの議論は、不毛なのです。それは、貨幣制度と呼ばれるもの自体に問題が在るのであり、それが、世界を支配している潮流の中では、致し方ないのです。従いまして、世界の経済情勢が悪化していると言われる根本原因は、これに尽きるのです。では、どうしなければいけないのか?と言った議論へと移行して行くので有りますが、それは個人では判断できない問題でしょう。貨幣に代わる物等、今のところ存在して居ません。ただ、制度を見直す事には余地がありますので、大いに議論されるべきです。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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