私も子を持つ親です
投稿者: tkarjrvspzsmcc2001 投稿日時: 2001/09/13 18:18 投稿番号: [20764 / 177456]
少子化が進むこの頃にしては珍しく、私には5人の子がいます。(全員未成年)
それぞれの性格も能力も5人5様ですが、その中の誰一人として私にとって大切でな
い子はいません。運動神経のよい子もいれば、話をするのが上手な子もいます。逆に
「どうして、この子は?」と思うほど不器用な子もいます。
私は5人の子がみな同じように育つとは思いません。この中の誰かは将来、出世して
経済的にも恵まれた人生を送るかもしれませんが、中には非常に苦労して波乱万丈の毎
日を送ることになる子もいるかも知れません。今は親である私のいうことを、それなり
に理解してくれていますが、成人後に結婚して家を出て行った後、いつまでもそのまま
でいつづけるという保証はありません。下手をすれば、どこかで重大な事故に遭って長
生きできない子も、あるいは出て来るかもしれません。
そうなって欲しくはありませんが、場合によっては、重大な事件を引き起こして犯罪
者になる子もでてくるかもしれません。
しかし、親は子が成人するまでも、成人した後も親でありつづけ、子がしたことに対
してはある程度の責任を負わなければなりません。逆に、子は親が何かをしたところで
その責任を負うものではありません。
私が子をもつ親として常々思うことは、
第一に、出来がよくても悪くても、5人の子すべて同じように大切であり、親にとっ
ては兄弟の間に優劣はないのだということ。
第二に、自分の子が被害者になるよりも、加害者になるほうが、その子を産んで(私
は男なので「産ませた」というほうが適切か)育てた親としては心が痛むということ。
私は他人の子でもかわいいと思っていましたが、実際に親になってみて、あらためて
親にとって子の存在の尊さを感じました。人間として出来がよくても悪くても、ただ存
在するだけで親は嬉しいと思うのです。
従って、5人の兄弟と姉妹が互いに争い、傷つけあうことがあったら、何よりも悲し
いことと思うのです。
では、争う相手が身内でなく、他人だったらどうか。自分の子が被害者だったら、親
として加害者に立ち向かうためのアドバイスを与えることをします。また、慰めます。
しかし、自分の子が加害者だったら、自分の育て方や自分達のいる環境のどこに悪因
があるのだろうかと思い悩みます。みなさんは、自分の見ている前で自分の子が傷つけ
られたら耐えられないでしょうが、逆に他人を傷つけているのを見ていられますか?
だから、私は自分の子が常に勝者になるよりも、敗者として、その辛さや悔しさを理
解できるほうが尊いと考えます。こういう考え方は珍しいかもしれませんが。
我々すべての人間を創造した神は、自分の子が何十億いようと、何人だろうと、誰ひ
とりとして大切でない人間はいないと思っています。だから、人間どうしが争い傷つけ
あうことを最も悲しく思っているだろうと思います。
子を持つ親として思うことはそれです。
それぞれの性格も能力も5人5様ですが、その中の誰一人として私にとって大切でな
い子はいません。運動神経のよい子もいれば、話をするのが上手な子もいます。逆に
「どうして、この子は?」と思うほど不器用な子もいます。
私は5人の子がみな同じように育つとは思いません。この中の誰かは将来、出世して
経済的にも恵まれた人生を送るかもしれませんが、中には非常に苦労して波乱万丈の毎
日を送ることになる子もいるかも知れません。今は親である私のいうことを、それなり
に理解してくれていますが、成人後に結婚して家を出て行った後、いつまでもそのまま
でいつづけるという保証はありません。下手をすれば、どこかで重大な事故に遭って長
生きできない子も、あるいは出て来るかもしれません。
そうなって欲しくはありませんが、場合によっては、重大な事件を引き起こして犯罪
者になる子もでてくるかもしれません。
しかし、親は子が成人するまでも、成人した後も親でありつづけ、子がしたことに対
してはある程度の責任を負わなければなりません。逆に、子は親が何かをしたところで
その責任を負うものではありません。
私が子をもつ親として常々思うことは、
第一に、出来がよくても悪くても、5人の子すべて同じように大切であり、親にとっ
ては兄弟の間に優劣はないのだということ。
第二に、自分の子が被害者になるよりも、加害者になるほうが、その子を産んで(私
は男なので「産ませた」というほうが適切か)育てた親としては心が痛むということ。
私は他人の子でもかわいいと思っていましたが、実際に親になってみて、あらためて
親にとって子の存在の尊さを感じました。人間として出来がよくても悪くても、ただ存
在するだけで親は嬉しいと思うのです。
従って、5人の兄弟と姉妹が互いに争い、傷つけあうことがあったら、何よりも悲し
いことと思うのです。
では、争う相手が身内でなく、他人だったらどうか。自分の子が被害者だったら、親
として加害者に立ち向かうためのアドバイスを与えることをします。また、慰めます。
しかし、自分の子が加害者だったら、自分の育て方や自分達のいる環境のどこに悪因
があるのだろうかと思い悩みます。みなさんは、自分の見ている前で自分の子が傷つけ
られたら耐えられないでしょうが、逆に他人を傷つけているのを見ていられますか?
だから、私は自分の子が常に勝者になるよりも、敗者として、その辛さや悔しさを理
解できるほうが尊いと考えます。こういう考え方は珍しいかもしれませんが。
我々すべての人間を創造した神は、自分の子が何十億いようと、何人だろうと、誰ひ
とりとして大切でない人間はいないと思っています。だから、人間どうしが争い傷つけ
あうことを最も悲しく思っているだろうと思います。
子を持つ親として思うことはそれです。
これは メッセージ 18261 (kaisuiyokusama さん)への返信です.
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