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投稿者: thinbun 投稿日時: 2001/09/13 17:52 投稿番号: [20609 / 177456]
昨夜遅く、用があってマネージャーに電話した。早くテレビをつけろと、彼が云う。そこには何だか出来の悪い映画みたいな光景が映っていた。見覚えのある風景。そこからもうもうと吹き出す煙。あのビル、居候先の屋上から良く見てた。「嘘だろ?おい」。しばらくしてそのあまりにも巨大な2つのビルは崩壊した。そしてペンタゴンからも火の手はあがり、、、、。時がたつにつれ、、、、。
震災以降、俺はテレビを信じられない。自分の目で見たものと、あまりに違ったからだ。テロがあまりにも愚かしい行為であることはここに書くまでもない。でも愚かしいのは本当にテロリストだけなのだろうか?そしてまたテレビはショッキングな光景ばかりを映しだす。パレスチナにはテロの成功を喜ぶ人が居た。それは多分事実。でもパレスチナの人々がひとり残らずそれを喜んだのか?答えはおそらくノー。野原にも飛行機は墜落した。普段なら間違いなくトップニュースのはずだ。人の命が等しく同じ重さなのだとしたら、何故それをもっと伝えてはくれないのだろう?それが報道として絵にならないと云う理由なのだとたら、、、。「ただちに報復すべし」と誰かは云った。本当にそれでいいのだろうか?「日本国民を代表して」って、俺は君に代表されたくはない。そしてNYには今日も数多くの友人達が暮らしている。
時おり流れるCMとの埋めがたいギャップ。この不明な振幅の中で俺も生きている。
昼過ぎ、ビクターのマスタリングセンターでライヴ盤のリ・マスタリング。素晴らしいものができあがった。小鉄氏の不屈の職人魂に心から感謝したい。氏の仕事における誇りとテレビの残像。その2つのギャップをどうしても埋めることが出来なかった。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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