拉致の安倍
投稿者: sudatitori 投稿日時: 2008/04/21 23:42 投稿番号: [177050 / 177456]
私の「フロリダでの戦争宣言」145964番、及び、その訂正と補足の146056番、146961番の投稿に有ります、2001年9月11日の、日本時間の午後10時50分過ぎから5分ほどの、フロリダからのブッシュ大統領の戦争宣言のテレビ演説の生放送は、この日、アメリカで起きましたテロ事件の犯人は、アメリカ政府である事の、動かぬ証拠です、しかし、このテレビ演説は、その後、マスコミ等から消し去られています。証拠隠滅が行われました。
わたくしは、「とんでもない予想」175593番の投稿で、「2008年9月18日か、8月28日に、日本の東京の東京ドームで、化学兵器または生物兵器を用いたテロが、アメリカ政府と日本政府の共同犯行で、行われる。」と予想しました。
さらに、「14,21,28」176781番の投稿で、同様の危険日に、北海道洞爺湖町で、水素爆弾によるテロが、アメリカと日本の政府によって起こされると予想しました。
そして、「風呂敷」176889番の投稿では、アメリカ政府と日本政府によるテロは、横浜市、広島市、名古屋市、更には、大阪市、神戸市、仙台市でも起こされると予想しました。
拉致の安倍という事で、大変な人気者とされました安倍晋三さんは、内閣総理大臣としてのと言いますかアメリカ政府のテロ〜戦争政策の相棒としての器量を試験される事になりましたのは、総理大臣就任早々の2006年10月9日の北朝鮮の地下核実験です。
この核実験と言うのは、核実験ではないのですが、アメリカ政府が地下核実験としている為、そう言う事にされています。
10月9日は、満州事変の9月18日の3週間後です。3週間前はテロの予想日の8月28日です。
地下核実験の後、アメリカは北朝鮮に対する姿勢を大きく転換し、柔軟姿勢、友好姿勢になりました。米朝接近は、拉致の安倍を演出するように仕向けました北朝鮮に対する見返りとして約束されていましたもので、テロ〜戦争政策で中東産油国を戦争の相手国としてテロ支援国とするために、予め北朝鮮をそう言った対象国から外して置くためのものです。
この際、拉致の安倍と言いますのは、テロ〜戦争政策の進行に障害となります。テロが行われる日本の政府が、第一のテロ国家を北朝鮮としているのでは、中東産油国に戦争を仕掛けるには、まず北朝鮮のテロへの関与を否定する証明が必要になるからです。テロの後、戦争の雰囲気を盛り上げて、人々に何も考えさせないで言いなりに操縦するには、戦争の相手国がすぐに明確になるのが望ましいからです。
試験に及第するには、安倍さんは、情勢の推移を読み取り、それに機敏に対応し、総理大臣になる為の道具でした、用済みの廃棄物の拉致の安倍を脱ぎ捨てて、北朝鮮に対する柔軟姿勢を幾分でも示すべきでした。しかし、安倍さんの対応は、一つ覚えのように強硬姿勢ばかりでした、試験に見事に落第してしまいました。
この後、2006年の冬ごろになりますと、閣僚の政治資金についての不正の報道が盛んになり、年金保険料の納付者不明の納付記録の問題へと、安倍政権を窮地に追いやる材料が揃えられて行きます。
安倍さんが、柔軟姿勢を北朝鮮に取るべきでした事は、安倍さんが総理大臣を辞任しました後の、衆議院の委員会質疑で、民主党の前代表の前原誠司さんの、「拉致問題は北朝鮮問題の包括的な解決、進展の中で解決すべきではないか。」との質問に対し就任しましたばかりの福田康夫内閣総理大臣が、「包括的な解決を図るのが望ましい。」とした遣り取りにも表れているように思います。一年後に拉致の安倍から抜け出しました訳です。
わたくしは、「とんでもない予想」175593番の投稿で、「2008年9月18日か、8月28日に、日本の東京の東京ドームで、化学兵器または生物兵器を用いたテロが、アメリカ政府と日本政府の共同犯行で、行われる。」と予想しました。
さらに、「14,21,28」176781番の投稿で、同様の危険日に、北海道洞爺湖町で、水素爆弾によるテロが、アメリカと日本の政府によって起こされると予想しました。
そして、「風呂敷」176889番の投稿では、アメリカ政府と日本政府によるテロは、横浜市、広島市、名古屋市、更には、大阪市、神戸市、仙台市でも起こされると予想しました。
拉致の安倍という事で、大変な人気者とされました安倍晋三さんは、内閣総理大臣としてのと言いますかアメリカ政府のテロ〜戦争政策の相棒としての器量を試験される事になりましたのは、総理大臣就任早々の2006年10月9日の北朝鮮の地下核実験です。
この核実験と言うのは、核実験ではないのですが、アメリカ政府が地下核実験としている為、そう言う事にされています。
10月9日は、満州事変の9月18日の3週間後です。3週間前はテロの予想日の8月28日です。
地下核実験の後、アメリカは北朝鮮に対する姿勢を大きく転換し、柔軟姿勢、友好姿勢になりました。米朝接近は、拉致の安倍を演出するように仕向けました北朝鮮に対する見返りとして約束されていましたもので、テロ〜戦争政策で中東産油国を戦争の相手国としてテロ支援国とするために、予め北朝鮮をそう言った対象国から外して置くためのものです。
この際、拉致の安倍と言いますのは、テロ〜戦争政策の進行に障害となります。テロが行われる日本の政府が、第一のテロ国家を北朝鮮としているのでは、中東産油国に戦争を仕掛けるには、まず北朝鮮のテロへの関与を否定する証明が必要になるからです。テロの後、戦争の雰囲気を盛り上げて、人々に何も考えさせないで言いなりに操縦するには、戦争の相手国がすぐに明確になるのが望ましいからです。
試験に及第するには、安倍さんは、情勢の推移を読み取り、それに機敏に対応し、総理大臣になる為の道具でした、用済みの廃棄物の拉致の安倍を脱ぎ捨てて、北朝鮮に対する柔軟姿勢を幾分でも示すべきでした。しかし、安倍さんの対応は、一つ覚えのように強硬姿勢ばかりでした、試験に見事に落第してしまいました。
この後、2006年の冬ごろになりますと、閣僚の政治資金についての不正の報道が盛んになり、年金保険料の納付者不明の納付記録の問題へと、安倍政権を窮地に追いやる材料が揃えられて行きます。
安倍さんが、柔軟姿勢を北朝鮮に取るべきでした事は、安倍さんが総理大臣を辞任しました後の、衆議院の委員会質疑で、民主党の前代表の前原誠司さんの、「拉致問題は北朝鮮問題の包括的な解決、進展の中で解決すべきではないか。」との質問に対し就任しましたばかりの福田康夫内閣総理大臣が、「包括的な解決を図るのが望ましい。」とした遣り取りにも表れているように思います。一年後に拉致の安倍から抜け出しました訳です。
これは メッセージ 177038 (sudatitori さん)への返信です.
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