忘れてはいけない「重慶爆撃」
投稿者: pyu_pyu_kitakaze 投稿日時: 2005/08/06 11:10 投稿番号: [173733 / 177456]
(2005/07/05)
今年も夏が来た。夏の風物詩といえば、蝉の鳴き声、花火、スイカなどいろいろとあり、楽しいイメージのある夏だが、この国ならではの風物詩といえば、8月15日に向けて、しんみりと盛り上がる「終戦記念日」だろう。この日に向けて、毎年、戦争体験を語り継ぐ特集がメディアなどで取り上げられ、戦争とはいかにむごいものか、憲法9条を機軸に2度と繰り返してはならないのだという議論が展開される。
だが、いつもワンパターンだ。8月6日と9日に原爆を落とされ、戦争が終わったことが中心になっている。不思議なことに戦争が終わったことばかり語られており、なぜ戦争が始まったのかについては、ほとんど語られない。まるで、自然災害が襲ってきたかのような感じだ。
東京大空襲、広島・長崎の原爆投下は、一般市民を巻きこんだ当時の国際法では禁じられた、人類に類をみない蛮行という人々がいる。全くその通りだ。当時の戦況をみても、原爆投下がなくとも日本は同時期に降伏しただろうという観測がある。むしろ、戦後世界で核がどのような影響をもたらすかを試す人体実験であったのではないかともいわれる。
ところが、戦争を自ら起こし、負けてしまった立場の国には、それを胸を張って主張する資格が与えられなかったため、非常に内向きにならざるを得ない。実際、広島と長崎に原爆を落としたアメリカとは、戦後まるで子分になったかのように仲良しだ。
一般市民を巻き込んだ都市爆撃について、アメリカに対しては日本が被害者であるが、加害者の一面もあるのだ。それは旧日本軍による「重慶爆撃」だ。
1938年の11月、日中戦争の真っ只中、中国の国民党政府は、首都を重慶に移した。中国の深い内陸にある重慶は、地形的な性質上、日本側が陸軍も海軍も派遣できない場所であった。そのため、日本の軍部は航空部隊を使い、上空から無差別に攻撃するという作戦に出た。3年以上も無差別の爆撃を繰り返し、多くの一般市民が犠牲になった。そして、その中で「焼夷弾」が使われた。当時、重慶には中国人だけでなく、世界各国のジャーナリスト達がいた。重慶の爆撃を目撃した彼らは、それを世界に発信した。
東京国際大学の講師で、『戦略爆撃の思想』の著者である前田哲男氏は、重慶爆撃について、こう語る――「それは徹底的に眼差しを欠いた戦争であった。1938年2月の小手調べのような空襲から1943年8月最後の空襲まで、日本軍は1兵たりとも重慶の地に姿を現さなかった。ひたすら上空から爆弾を投下することでのみ、日本兵は重慶の人々と相対した」「日本軍は、ここ重慶においては『工業期の戦争』と形容すべき、機械化された殺戮の戦術に先鞭をつけたのである。やがてこの悪夢の世界は、東京、大阪、名古屋はじめ日本全主要都市の住民に追体験されるところとなる」
それ以前までの空爆というのは、陸上戦の前哨戦として、敵の軍事基地などを攻撃し、来る陸上戦を有利に運ぶ補助的な役割があった。だが、重慶爆撃は、それまでの戦争になかった「戦略爆撃」という、敵の抗戦意欲を削ぐことが目的の爆撃であった。
前田氏は、「第2次世界大戦の中から生まれてきた『戦略爆撃の思想』が広島・長崎を転回点として核戦略に転移し、航空攻撃から弾道ミサイルによる「経空攻撃」へと飛躍して地球と人類にのしかかっている現実を考えるなら、ゲルニカ―重慶―広島への流れは、人類絶滅戦争=みなごろしの思想の原型を形づくったといえる」」と述べ、広島の悲劇に秘められている重慶の負の遺産を指摘する。
考えてみれば、重慶に日本軍が長期的な空爆をしたことを知っている日本人は少なく、昨年7月に重慶で開かれたサッカーのアジア・カップでの反日騒動の要因として初めて話題になったくらいだ。
日本人は、戦後60年、被害者としてひたすら平和を祈ってきたように思う。だが、国際社会では、まだ加害者としての印象が拭えてない。国連にも「敵国条項」は残っており、日本は敵国とまだ名指しされているくらいだ。そして、小泉首相の靖国神社参拝に端を発した中国や韓国での反日運動で象徴されるように、被害国民の憤りは、世代を通じて語られ、60年経っても癒えてない。
広島・長崎の原爆投下や東京大空襲の悲惨さを世界に訴えるのは、とても大事なことだ。だが、日本には、やり残したことがまだ多い。戦争がどうやって終わったかということを知ると同時に、なぜ始まったかということを知らなければいけないのだ。
今年もあの憂鬱な8月15日が来る。しんみりとしながら、何か消化できない感情がこみ上がる……
JANJAN 2005(平成17年) 8月6日土曜日
http://www.janjan.jp/living/0507/0507039093/1.php
今年も夏が来た。夏の風物詩といえば、蝉の鳴き声、花火、スイカなどいろいろとあり、楽しいイメージのある夏だが、この国ならではの風物詩といえば、8月15日に向けて、しんみりと盛り上がる「終戦記念日」だろう。この日に向けて、毎年、戦争体験を語り継ぐ特集がメディアなどで取り上げられ、戦争とはいかにむごいものか、憲法9条を機軸に2度と繰り返してはならないのだという議論が展開される。
だが、いつもワンパターンだ。8月6日と9日に原爆を落とされ、戦争が終わったことが中心になっている。不思議なことに戦争が終わったことばかり語られており、なぜ戦争が始まったのかについては、ほとんど語られない。まるで、自然災害が襲ってきたかのような感じだ。
東京大空襲、広島・長崎の原爆投下は、一般市民を巻きこんだ当時の国際法では禁じられた、人類に類をみない蛮行という人々がいる。全くその通りだ。当時の戦況をみても、原爆投下がなくとも日本は同時期に降伏しただろうという観測がある。むしろ、戦後世界で核がどのような影響をもたらすかを試す人体実験であったのではないかともいわれる。
ところが、戦争を自ら起こし、負けてしまった立場の国には、それを胸を張って主張する資格が与えられなかったため、非常に内向きにならざるを得ない。実際、広島と長崎に原爆を落としたアメリカとは、戦後まるで子分になったかのように仲良しだ。
一般市民を巻き込んだ都市爆撃について、アメリカに対しては日本が被害者であるが、加害者の一面もあるのだ。それは旧日本軍による「重慶爆撃」だ。
1938年の11月、日中戦争の真っ只中、中国の国民党政府は、首都を重慶に移した。中国の深い内陸にある重慶は、地形的な性質上、日本側が陸軍も海軍も派遣できない場所であった。そのため、日本の軍部は航空部隊を使い、上空から無差別に攻撃するという作戦に出た。3年以上も無差別の爆撃を繰り返し、多くの一般市民が犠牲になった。そして、その中で「焼夷弾」が使われた。当時、重慶には中国人だけでなく、世界各国のジャーナリスト達がいた。重慶の爆撃を目撃した彼らは、それを世界に発信した。
東京国際大学の講師で、『戦略爆撃の思想』の著者である前田哲男氏は、重慶爆撃について、こう語る――「それは徹底的に眼差しを欠いた戦争であった。1938年2月の小手調べのような空襲から1943年8月最後の空襲まで、日本軍は1兵たりとも重慶の地に姿を現さなかった。ひたすら上空から爆弾を投下することでのみ、日本兵は重慶の人々と相対した」「日本軍は、ここ重慶においては『工業期の戦争』と形容すべき、機械化された殺戮の戦術に先鞭をつけたのである。やがてこの悪夢の世界は、東京、大阪、名古屋はじめ日本全主要都市の住民に追体験されるところとなる」
それ以前までの空爆というのは、陸上戦の前哨戦として、敵の軍事基地などを攻撃し、来る陸上戦を有利に運ぶ補助的な役割があった。だが、重慶爆撃は、それまでの戦争になかった「戦略爆撃」という、敵の抗戦意欲を削ぐことが目的の爆撃であった。
前田氏は、「第2次世界大戦の中から生まれてきた『戦略爆撃の思想』が広島・長崎を転回点として核戦略に転移し、航空攻撃から弾道ミサイルによる「経空攻撃」へと飛躍して地球と人類にのしかかっている現実を考えるなら、ゲルニカ―重慶―広島への流れは、人類絶滅戦争=みなごろしの思想の原型を形づくったといえる」」と述べ、広島の悲劇に秘められている重慶の負の遺産を指摘する。
考えてみれば、重慶に日本軍が長期的な空爆をしたことを知っている日本人は少なく、昨年7月に重慶で開かれたサッカーのアジア・カップでの反日騒動の要因として初めて話題になったくらいだ。
日本人は、戦後60年、被害者としてひたすら平和を祈ってきたように思う。だが、国際社会では、まだ加害者としての印象が拭えてない。国連にも「敵国条項」は残っており、日本は敵国とまだ名指しされているくらいだ。そして、小泉首相の靖国神社参拝に端を発した中国や韓国での反日運動で象徴されるように、被害国民の憤りは、世代を通じて語られ、60年経っても癒えてない。
広島・長崎の原爆投下や東京大空襲の悲惨さを世界に訴えるのは、とても大事なことだ。だが、日本には、やり残したことがまだ多い。戦争がどうやって終わったかということを知ると同時に、なぜ始まったかということを知らなければいけないのだ。
今年もあの憂鬱な8月15日が来る。しんみりとしながら、何か消化できない感情がこみ上がる……
JANJAN 2005(平成17年) 8月6日土曜日
http://www.janjan.jp/living/0507/0507039093/1.php
これは メッセージ 173731 (pyu_pyu_kitakaze さん)への返信です.
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